第11話 命の危機

 森の中、わたしは子猫を探していた。


 見つけてどうするの?

 下宿では飼えないよ。

 先生に森に入るなって言われたよね。


 頭の中で理性が語りかけてくる。

 でも、目も手も足も探すのを止めてくれない。

 子猫の声が、村にいたときの記憶を強く呼び起こす。

 父の帰りが遅い日、村長さんちで白猫と遊びながら待っていたこと。

 アメリの家の三毛猫が産んだ子猫を抱っこさせてもらったこと。


 カカカカカッ


 聞き覚えのある音がした。


 これ、猫が獲物を狙ってる時にときどき出す音……

 獲物に噛みつきたい気持ちが高まってつい顎を動かしてしまう、だっけ?


 音のした方向を見上げると、木の上からわたしを見下ろしている生き物と目があった。

 猫と言うには大き過ぎる体、背中には片方が折れた翼が生えている。

 

 それがわたしに向かって飛び掛かる寸前の体制だった。


 その瞬間、理解した。

 おびき寄せられた。

 子猫は他の肉食、雑食獣には獲物。

 それに似た声を出して、のこのことやってきた動物を狩る。

 それが、コイツの狩りのスタイル。


 目が合ったまま、視線を外すことも瞬きもできなかった。

 木から翼のある猫科大型獣が飛んだ。

 


 ドズン!!



 翼猫つばさねこは木とわたしの間に落下した。

 尻もちをついてしまったが痛みは感じなかった。 

 翼猫の上にクライヴ先生がいた。

 自分より大きな翼猫の首に剣を突き刺している。

 

 あんな大剣持っていたっけ……?



 グオオオオォガアアァグァウウウウウウァアアア……!!


 翼猫が唸った。


 先生は必死の形相で剣に力を込めている、剣は淡く光って見えた。


 翼猫の混乱と怒りがその目の奥に見えた気がした。


 襲撃者から逃れようと前足で地面を掻いたり、後ろ足で踏ん張ったり、体を揺すったり、腐葉土と自身の血を撒き散らしながら暴れている。


 よく見れば下半身は蜥蜴みたいで太い尻尾を振るたび周りの細い木や枝に当たって折れている。

 

 尻尾を先生に当てようとしている!?

 

 そう思った時、何か光る物がすごい速さで飛んできて尻尾に当たった。

 尻尾はあっさりと千切れてどこかへ飛んでいった。


 あれ何……?


 先生は気づいていないようだ。

 先生の剣がさっきより大きくなり、強く光っているように見えた。


 翼猫はだんだんと動きが鈍くなり、やがて動かなくなった。

 完全に動かなくなってから先生は剣を引き抜いた。

 血を拭き取ると剣は小さなナイフに変じた。

 それを腰の鞘に納めると、先生はわたしに近づいてきた。


 あんなとこにナイフをつけていたのか、服に隠れて気づかなかった。

 それほど小さなナイフだ。


「マノン、大丈夫か?」


 大丈夫です、と言って立ち上がりたかったのに体が動かなかった。

 目から勝手に涙が出てくる。


「立てないのか?」


 先生に返事をしたいのに息が上手くできない

、涙も止まらない。


 嗚咽するわたしの前に先生が屈んだと思ったら、体が浮いた。


 先生に抱き上げられていた。


 乙女の憧れお姫様抱っこではなく、幼児にするようなお子様抱っこだ。


「街に帰ろう。急ぐからちゃんと掴まっていなさい、落ちてしまう。」


 泣きじゃくるわたしを先生は抱きかかえて歩き出す。涙や鼻水が先生に付かないように顔は離すつもりだったのにわたしの腕が短いせいで上手くいかない。

 少し落ち着いてきた頃に先生が


「置いていって悪かった。」


 なんて言うからまた泣けてきてしまった。



 泣いている間に気づいた。

 わたし、寂しかったんだ。

 自分で選んだとはいえ、親や住み慣れた場所から離れて。

 不安だったんだ。



 朝出てきた南門ではなく、森からの距離が近い東門に帰ってきた。

 門の前に並んだ人達を見て、ハッとする。

 この状態で、門には行けない!

 血縁でもない美青年に抱っこって!

 もう十二歳なのに!たまに二歳くらい幼く見られるけど……


「先生!下ろしてください、歩けます。」


 先生に下ろしてもらったものの、足に力が入らなくて地面にへたりこんでしまった。

 その様子を見た門番さんがわたし達のそばまでやってきた。


「どうかしましたか?」


「担架をお願いします。淀みの森にモンスターが出て襲われかけたんです。」


「淀みの森にモンスター!?」


「はい、私は魔術学校の準教員のクライヴ。

この子は生徒です。」


 身分証を門番さんに見せる先生。 

 へぇ~あの森、淀みの森って言うのか。

 ……担架?

 門番さんがトランシーバーで連絡すると門から二人の医務官さんが担架を持ってきた。

 

「さあ、これに乗って。」


「いえ、その……」


「行くわよ、いち、に、さん!」


 あっと言う間に乗せられてしまった。

 何だ何だと眺める野次馬。

 これはこれで恥ずかしい!

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