第12話 医務室のベッドで見る不思議な夢

 東門の医務室に連れてこられたわたしは医務官さんに診察された。

 血と泥で汚れた服は入院着に着替えさせられ、顔や手などは濡れタオルで拭かれる。


「怪我は無さそうね。クライヴ先生から話を聞く間ここで休んでいてね。」


 カルテに何か書き込んでいる医務官さんを、ベッドで横になって見ているといるとノックの音がした。


「魔術学校の先生をお連れしました。」


 クライヴ先生が来たのかと思ったら、入ってきたのはマルグリット先生だった。


「マルグリット先生!?どうなさったんです?」


「どうもこうもありませんよ。報せを受けて驚いて来たんですからね。」


 ベッドの脇に用意された椅子に座るマルグリット先生は眉間に皺がよっていた。


「大事な会議があるのに校長先生が自分が行くと言ってきかないのを、やっと押し留めて来たのですよ。生徒を危険な目に会わせるなんてクライヴ先生には後でよく話を聞かねばなりません。」


 口調は落ち着いているが、目は笑っていない。わたしを叱る前みたいな顔だ。


「あの、わたしが先生の言う事を守らなかったから……」


「マノン、クライヴ先生は異常に気づいた時点であなたを連れ帰らなければいけなかったのですよ。だというのに一人にするだなんて、あなたが自分を責める必要はありません。」


 責めてるというほどではないんだけど。

 すみません、クライヴ先生。

 マルグリット先生のお説教は確定のようです。


「ともかく、クライヴ先生が戻られるまでは、あたくしが付いていますから今は休みなさい。」


 大人しくしていよう。

 眠くないけど枕に頭を沈めて目を瞑る。


 そうしていると、なんだか本当に眠くなってきたような気が………

 

 



 わたしは暗闇の中を進んでいた。


 片方の翼の付け根が痛い、何かぶつかったようだ。


 空気が熱い、息をする度に鼻が痛む。


 明るい所に出た、今まで居たのは煙の中だったらしい。


 赤く燃える岩が降ってくる。

 翼に当たったのはあれだったのかもしれない。


 やがて、小さな森に着いた。

 今までの住処と比べると獲物も小さかったが、傷つき弱った自分ではこのくらいが狩りの限界だった。


 遠くに生き物の群れが暮らしている場所が見えた。

 その場所は透明な繭のようなものに包まれていて、以前の住処に時々やってきたケイビインという強い生き物に似たものが住んでいた。

 ケイビインは本当は、シンリンケイビインというらしい。

 シンリンオオカミみたいなものだろう。 

 きっとあいつらは、シンリンに住まないケイビインなのだ。

 ほとんど繭の中にいたから獲物にはできなかった。


 ある時、足に何かが絡みついた、力が抜けていく。

 ケイビインに似た生き物がやってきて自分を狭い所に閉じこめた。

 だが、おかしい。こいつらやけに弱い。

 足に絡みついた物に力を吸い取られなければ捕まることは無かった。


 以前の住処でもケイビインが若い個体に似た物を付けることがあったが、あれは時々光るだけでしばらくすると取れて無くなっていた。


 閉じこめられている間、味の薄い肉と水を少量与えられたが力は戻らない。

 空腹のためか意識がはっきりしなかった。

 空気も薄い気がした。


 ふと気づくと見知らぬ場所で、閉じ込められていた檻と呼ばれていたものが開いていた。

 足に絡みついた物も無くなっていた。


 外に出て行くあてもなく彷徨っていると息が楽になった。

 どこかの森の中だった。


 獲物を取るために子猫の声を真似る。

 以前の住処ではこの手で鳥や狼を取っていた。


 やってきたのはケイビインに似た小さな生き物だった。

 無防備に子猫を探している。


 ケイビインは強くて狩れず、わたしを捕らえた奴らは弱くて不味そうだった。

 目の前の生き物はケイビインより弱く、わたしを捕らえた奴らより美味そうだ。

 ケイビインの子供かもしれない。


 子供がわたしに気づいた。

 遅い、わたしは子供に飛びかかった。


 だが首に重さと痛みを感じて体制を崩す。

 不様に地面に転がったわたしを子供が見ている。

 首の痛みが強くなる。

 誰かがわたしを狩ろうとしている。


 嫌だ!嫌だ!嫌だ!


 わたしは狩る側だ!狩られる側ではない!


 凍えるような恐怖とそれを上回るはらわたが煮えくり返る怒り。


 目の前の子供を食えば力が戻ったかもしれないのに!

 かつての住処に戻れたかもしれないのに!


 憎い、わたしを捕らえた奴らも今首に噛みついている奴も………!

 


 


 目が覚めると見知らぬ白い部屋だ。


 胸を灼いていた何かが急速に消えていく。


 マルグリット先生とクライヴ先生の声がする。

 そうだ、東門の医務室だ。


「……では、モンスターの死体はザクトガードが引き取りに来るのですね。」


「はい。ザクトガードに拠ればあのモンスターは保護区で生息する希少種だそうで、噴火の混乱に乗じて密猟されたそうです。捕まった密猟者がアルギンス内でモンスターを逃がしたと言っているらしく……」


「……先生、あのモンスター密猟されてきたんですか?」


「目が覚めていたのか。」


 二人の他に人がいた。門の職員かな?


「偶然が重なったんでしょう。淀みの森は今、ザクトガードに近い魔力があります。モンスターは不足した魔力を求めて淀みの森に。そこへマノンさんが来てしまった。」


 門の職員らしき人がベッドの脇に座った。

 近くで見ると知的な印象の美女だ。

 

「マノンさん、今日の事は詳しい調査が終わるまで口外しないようにお願いします。街の住人にいたずらに恐怖を与えたくない。マノンさんも好奇の目を向けられたくはないでしょう?」


 これは、ぺらぺら喋ったらペナルティーあるやつだ。

 しかし、わたしにも都合が良いかもしれない。

 あんな恐ろしい体験を面白半分に訊かれてはたまったものではない。


「言いません、誰にも。」


 わたしの答えに美女は頷いた。


「マノンさんは第一水質管理所の見学の後、体調を崩してクライヴさんに連れられ帰ってきた。皆さんそのようにお願いしますね。」


「マノン、彼女は信用できる人ですから大丈夫ですよ。」


 そう言って微笑むマルグリット先生。


「あたしは宮廷魔術師のシャーリーン。マルグリット先生の教え子よ。困ったことがあったら言ってね、力になるわ。」


 






 

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