第13話 マノン クライヴに剣術指南をお願いする

 わたしが眠っている間に服はきれいに洗われ乾かされていた。

 アイロンまでかけられてピシッとしている。

 わたしが洗濯するより丁寧だ。


「なんだか申し訳ないです。あんなに汚れたのを洗わせちゃって。」


「マノン、あのまま帰っては大家さんが卒倒するかもしれないですよ。」


 クライヴ先生とマルグリット先生に送られて下宿へと帰った。

 スザンヌさんは私が熱を出して門の医務室で治療を受けたという嘘をあっさり信じた。

 罪悪感を感じながら、彼女の作ったおかゆを食べた。

 

「門の医務室で休んだからもうすっかり元気ですよ。」


 なんて言いながら熱を計ると、まさかの高熱。

 スザンヌさんが氷嚢をわたしの額に乗せながら言った。


「慣れない暮らしで疲れてたのね。」


 急に気分が悪くなって気絶するように眠った。

 気がつけば、次の日の午後だった。

 今日が国王誕生日の休みで良かった。

 授業を休まずに済む。

 明日は学校に行けそうだ。

 寝ている間に考えていたことをクライヴ先生に話さないと。



「先生!わたしに剣術を教えてください!」


「挨拶も無しに何を言っているんだ、マノン。」


 クライヴ先生の顔を見た途端、うっかり言いたい事を言ってしまった。

 放課後の学校の廊下、周りには上級生と思われる生徒が数人。


「ごきげんよう、クライヴ先生。剣術の指南をしていただきたく探しておりました。」


「挨拶すればいいってものではない。通行の邪魔だ場所を変えよう。」


 クライヴ先生の執務室だという部屋の中に入ると、校長先生がお茶を飲んでいた。

 ミントティーの香りがする。


「ハロルド、何をしている?」


「胃の調子が悪いからハーブティーを飲んでいた。」


「他人の物を勝手に飲むな!」


「これが一番ボクの胃に合うんだよ~。恵んでくれよ〜。前に貰ったのは女性達に取られたんだよ、うっかり君がブレンドしたって言っちゃったから。君に直接言えないからってってたかってボクのを貰っていくなんてひどいよ。で、今日はここで勉強するの?」


「丁度いい、お前にも聞いてもらおう。」


「学校では校長って呼んでよ。」


「校長が教員の私物を勝手に飲むな。」



「……良いんじゃない、教えてあげれば?」


 わたしたちの話を聞いた校長先生は、あっさりそう言った。


「何!?」


「二年から剣術基礎の授業があるけど、全然基礎じゃないんだよ。貴族は剣術を実家でやってるからね。それを基準に教えてるみたいなんだ。ボク、あの爺さん嫌いだよ、元騎士団長だかなんだか知らないけどさ。剣術は貴族のもの、男のものって考えが強くてさ。古いよね。」


「確かに、古いな。」


 推定百歳のクライヴ先生にも言われちゃってるよ、元騎士団長。

 校長先生に淹れてもらったお茶を一口すする。

 え、これすっごい美味しいんだけど。

 ベースはミント、他は何だろう?

 複雑なのに調和してる。


「……マノン、どうして剣術をやりたいんだ?」


「一昨日、わたしは自分が弱いことを知りました。ですが、人間は忘れやすい生き物です。クライヴ先生に命を救われた事を忘れて、また危険に近づいてしまうかもしれません。わたしの性格からしても確率は高い。そこで、先生にはわたしが弱い事を常日頃から思い知らせて欲しいのです。厳しくご指導いただくことにより、先生より弱い事を頭に叩き込んでおけば、一昨日のように勝手な行動をしなくなるのではと思いまして……」


「本音は?」


「わたしを助けた時のクライヴ先生が格好良かったからです!!わたしも強くなりたい!!」


 あ、つい本心が出ちゃった。

 だって、もうダメだって時に翼猫の上からビュンって落ちてきたんだよ。

 倒すまでの真剣な顔もおとぎ話の英雄みたいだった。

 ここで恋に落ちるとかじゃ無いとこがわたしの女子っぽくないって言われる所なんだよな。


「だと思った!殊勝なこと言ってるわりに目は、おもちゃを見つけた子供みたいにキラッキラだったもん!ぶっ、くくくっ!!」


 校長先生が笑い、クライヴ先生は渋い顔。


「うんうん、素直でよろしい。クライヴ、あの爺さんがマノン君にまともな授業させる可能性は低いよ。剣術の授業減らすか、指南役を変えるようには言っているんだけどボク以外の校長の同意が得られなくてね。」


 剣術の授業って学都十一校全部にあるんだっけ?


「……私の剣は、エルフと人間の剣術を元にしたものだがそれで良いなら。ただし、いくつか条件が。」


「何でしょうか?」


「先ず、成績を落とさないこと。どうしても必要な時以外使わない事。そしてこれが一番大事なことだが……」


 なんだろう、一番大事なことって。


「一緒に歩いて分かったが、マノンは体力が無さすぎる。体力作りから始めなさい。」


「ええ!?」


 わたし、体力ないの?

 田舎者だからそれなりにあるかと思ってたのに!

 確かに実家では本ばかり読んでいたけど。


「先ずは、図書館の周りの道を何周か走って……」


「一周!初心者は一周からだよ、クライヴ!」


 校長先生が慌ててクライヴ先生を止める。

 図書館って建物も大きいんだけど、もっと大きな庭園が付いてる。

 その周りって事は結構距離あるわけで。

 あれ?走れるかな?


「クライヴ、他にも気に入った生徒がいたら教えてあげて。今の授業に不満がある生徒がいると思う。大勢に教えるのは嫌だろうけど、もう一人くらいなら……」


「マノンだけでいい。面倒はゴメンだ。」





 

 





 

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