第8話 門の外は結界の外

 次の日の朝、学校が始まるのと同じ時間。

 わたしは南門前に向かっていた。

 まだ早い時間だから人は少ないかと思っていたが、通りには結構通行人がいた。

 

 服はいつも学校に着ていく黒いワンピースではなく、村でよく着ていた動き易い服だ。

 肩まで伸びた髪は、村の学校を卒業するときに一番家が近かったアメリがくれた髪留めでまとめている。


 『マノンは黄色が好きだったよね』


 そう言って渡してきたのはたんぽぽを模した飾りがついた彼女の手作りの品だった。

 村を出ていくわたしの為に用意してくれたのだ。

 わたしは何も用意していなかったのに。

 今度村に帰る時はアメリにお土産を買って行こう。

 学都にはきっと彼女が喜びそうな素敵な物がたくさんあるよね。


 南門前広場が見えてきた。

 先生をすぐに見つけることができるか心配だったけど、杞憂に終わった。


 クライヴ先生は、遠目にも輝いていた。

 朝日を受ける髪が風が吹くたびにきらきらする。周りの人物と明らかに違う体型、頭が小さい、ちゃんと脳ミソ入っているんだろうか?

 彼の周りは人がいない、美しすぎて皆遠巻きに見ている。

 ……あそこに行くのヤダなぁ。

屋台の売り子のお姉さんジュース零してる、先生に見惚れてたんだね。

 

「マノン、ここだ!」


 うわぁ、気づかれた。もう行かないわけには……

 って近づいて来なくていいです!


「時間通りだな。」


「……ええ」


 返事を搾り出すのに少し時間がかかった。 

 

「学生証は持ってきたか?」


「はい、常に携帯するように言われていますから。」


 門番さんに身分を示す物を見せないと外に出ることができない。

 入学前は受験許可証や合格証書を見せて出入りしていた。


 街から出る列に並ぶ。

 前後の人達が男性ばかりだったので、ホッとする。

 わたしの番になった。係の男性に学生証を見せていると同じ制服を来た女性が一人やってきた。


「二番目にお並びの方こちらへどうぞ~。」


 ああ、列が長くなっちゃったから係員を増やしたのか。

 明るいアルトボイスに導かれ後ろに並んでいたクライヴ先生がそちらへ向かった。

 ん?

 あ、マズイ!


「お願いする。」


 身分証を出す先生を見るなり女性がぽかんとした。


「?」


 先生が分かっていない顔で女性を見る。


「お、お預かりしまひゅ!」


 あ、かんだ。

 一足先に終わったわたしは端の方で成り行きを見守る。


「問題ありません、行ってらっしゃいませ!」


 九十度のお辞儀で先生を送り出す係員の女性。

 普段はちゃんとした人だろうに。

 仕事ミスしないで下さいね……


 ちょっとしたハプニングはあったものの、無事門の外に出られた。

 こちらにも列ができてる。学都に入る人の列だ。


「先ずはこっちだ、東側に行くぞ。」


 街を囲む城壁の周りを水が流れている。堀があるのだ。

 その堀の外側を囲むように道が続いている。

 街の中より緑が多くて田舎育ちのわたしには落ちつく風景だ。


「これからどこに行くんですか?」


「街に川が流れ込む所を見に行こう。」


 先生と一緒に歩いて行く、二時間ぐらい歩いただろうか?

 いつもならば午前のお茶を飲んでいる頃だな、と思った頃大きな池が見えてきた。


「うわぁ、大きい!

農園のため池も大きかったけどこっちのほうがずっと大きい。農業用水ですか?」


 あ、街に川が流れ込む所だっけ?

 どうも農業から頭が離れないな。

 

「それにも使うが、一番の目的は川の水量と水質を調整する為に一旦ここに集めているんだ。

見学の予約をしているから行こう。」


「見学ですか?」


 池の端、城壁にくっついている建物に先生はわたしを連れて行った。

 中に入ると五十歳代後半ぐらいの男性が出てきた。

 作業着のようなものを着ている、ここの制服と思われる。

 

「見学を許可して下さってありがとうございます。」


「いやぁ~、三十年前にエルフの少年が見学に来たって前任者から聞いていたけどその子が先生になってまた来るとはね!」


 三十年前に先生が見学に来ていたのか。


「あの時一緒に来ていたっていう友達とはまだ親交があるのかな?彼も奨学生だったろう。」


「ええ、彼も今では教師ですよ。」


 彼?

 誰の事だろう。

 教師って、もしかして校長先生かな。


 男性はこの施設の所長だそうだ。


「マノン、君の疑問の答えがここにあるぞ。」


 施設の中には水が流れていた。

 所長さんがわたしに質問する。


「ここから街の中の川へ水を流しているんだ。

水は三つに分かれて一本は街の中、残り二本は堀へ流れる。どうしてか分かるかな?」


 結界に入らない魔力の話でここに来たんだよね。

 なら……


「水の中の魔力は堀の方に流れるんですね。結界に弾かれた魔力を流すために一部を堀に流してる。」


「正解。

いやぁ~、こんな地味な施設に興味持ってもらえて嬉しいよ!

ここはもともと水量だけを管理していたんだけど、結界ができることになって魔力量も見ておかないといけなくなったんだよ。

三つに分かれた水は街の反対側でまた合流するんだ。」


 所長さんは上機嫌だ。


「ここに見学に来たのは君で三人目なんだよ。もっと注目されたいんだけどね~」


「重要な仕事だと思います。

見せていただきありがとうございます。」


「雨が降ると魔力が増えるんだよ。

すぐに元に戻るけどね。」


 所長さんに貰ったお菓子とジュースで一休みしてから施設を出てさらに東へ。


「次は空気の魔力がどうなるかだな。

水と違って水路のようなものはない。なので魔力溜まりがよくできる所に行こう。」

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