第7話 図書館は花盛り

 図書館の自習スペースでわたしは居心地の悪さを味わっていた。


 自習スペースは本を破ったり、書き込んでしまう利用者への対策として周りの壁は女性の肩ぐらいの高さしかない。

 つまり行き交う人にクライヴ先生の顔が見えるのだ。


 そばの通路を女性達が何度も行き来している。いつもよりゆっくりした足取りで。

 右隣は十五歳くらいの女性達が四人なのだが立ち上がって本棚へ行き戻って来るを交代で繰り返している。立ち上がった後と座る前はしっかり先生の顔を見ている。


 左隣は十八歳ぐらいの男女、女性の動きは右隣の女性達と一緒。男性は不愉快そうだ。女性が居なくなったときに舌打ちが聞こえた。しばらくすると男性の方は帰ってしまい、女性の友達と思われる三人のお姉さんが合流した。


 気が付けば周りの席も、歩いているのも女性ばかりだ。 

 クライヴ先生御本人は気にする様子もない。

 同じ通路をぐるぐる回っている役に立たない女性司書さんを男性司書さんが射殺いころしそうな目で見ながら働いているのは大丈夫なんだろうか?

 

「先生、今日は女性が多いですね?なにかあったんでしょうか?」


「うん?いつも通りじゃないのか。私が学生だったときもこうだったぞ。」


 この人本当に気づいてないのかな?すっごい天然さんなんだろうか……

 あ、先生を見てた女性司書さんが年配の司書さんに連れて行かれた。


 わたしは周りのことは置いておくことにした。与えられた課題を早く終わらせてしまえば、このカオスから脱出できる。

 課題の内容は、入学から今までの復習である。

 

「先生、終わりました。」


 クライヴ先生は読んでいた本を閉じ、プリントの束を受け取る。

 しばらくそれを眺めた後、顔を上げて微笑んだ。


「なんだ全部できてるじゃないか。苦手だと言っていた近代史も問題無い。」


 先生の笑顔に周りの女性達がさざめくのを敢えて無視し、微笑み返す。


「昨日、勉強しましたからね。」


『できなかったことをそのままにするな』 

 村の学校に入って始めに習ったことだ。

 言った本人は忘れているかもしれないが。


「……ここはいいですね。勉強ができればそれなりに認められる。」


 思わず呟くと、クライヴ先生はわずかに眉を動かした。


「村では違うのか?」


 反応が返ってくるとは思ってなくて、少し驚く。そんなに声が大きかっただろうか?


「わたしが東南部の出身だということは、知っていますか?大きな農園の近くの村です。」


「ああ、ルフ村だったな。空気が澄んでいて星の観察には良い所だ。」


 わたしは頷いて話を続ける。


「あの村では最低限の読み書き計算ができればいいんです。それ以上は望まれません。

よく同じ学年の子に『テストで良い点なんか取っても偉くないぜ!野良仕事できる奴の方が偉いんだ!』って言われてましたね。あそこでは事実なんで大人もそういう子の方を可愛がります。」

 

 わたしが男子なら農園で事務を担当することもできたのだろう。女子で事務員になった人はあの農園にはいない。農作物の収穫や出荷できない物の選別、高級な果物の梱包などがあそこでの女性の仕事だ。頭を使ったり責任のある仕事は男性が相応しいとされている。

 きっと誰も女性にやらせようとはしないし、やりたがる女性もいないのだろう。村でもそうだから。


「君の親もか?」


「いいえ。父は薬師ですし学問の大切さは知っています。他の大人の中にその子と同じ考えの人がいるんですよ。

……あっ、だからといって虐められたとかないですからね。村長さん夫妻なんか魔術学校に入るのを喜んで服や文房具くれたんですよ。

ただこのまま村にいても役立たずになるんじゃないかって勝手に思っただけで!なにせ食べるのは好きでも作るのは興味無かったですから!」


 わたしが村に順応できなかったことは、わたしが悪いのに。


「それよりも、わたし学都に来てから気になっていることがあるんですよ。」


「なんだ?」


「ええと……

学都は結界に覆われていますよね。

その……結界に入れなかった魔力ってどうなるのかなぁって。あの、ちょっと気になっただけなので答えなくても……」


 話を変えようとして、また余計なことを言ってしまったんではないだろうか?


「ふむ、言葉で説明されるより見た方が分かりやすいだろう。丁度明日は学校がないから行って見るか?」


「え?」


「明日、学校の始業時間と同じ時間に、南門前の広場に来れるか?」


 南門は村から学都に来た時通ったから行き方はわかる。


「わからないなら下宿まで迎えに行くが。」


「南門前で!」


 下宿にクライヴ先生が来たらジェシカ達に質問責めにされる、わたしが。

 あ、さっきの男性司書さんが睨んでる。大声出してすみません。


「よし、じゃあ決まりだ。歩きやすい服装で来るんだぞ。森にも行くからな。」


 なんか、クライヴ先生と出かけることになってしまった。休みの日はのんびりしたかった……

 先生と一緒の時、あまり女性に会わないといいな。

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