第6話 マノン、クライヴと出会う
「今日の授業は以上で終わりです。」
マルグリット先生のこの言葉で、一気に教室の空気が柔らかくなる。いつもの放課後の始まりだ。
だが、マルグリット先生はいつものようにすぐ教室から出て行きはしなかった。
「マノン」
「はい?」
先生に声をかけられて少なからず動揺する。昨日の今日でなんの用だろう?まさか退学……
「今から少し話をしたいのですが、なにか予定があったりしますか?」
「え?話って何の……」
「場所を移して話したいのです。予定があるのですか?ならば明日でも……」
「いいえ、予定はありません。」
大事な話なら早く聞かないといけないだろう
「では、ついてきなさい」
マルグリット先生は教室を出て、教員棟の方へ歩いて行く。昨日お説教されたマルグリット先生の部屋だろうか?
しかし先生はその部屋の前を通り過ぎ、さらに奥へと廊下を進んで行く。
この先はもしかして……
受験に合格したあと父さんと一度だけ来た部屋が一番奥にある。
そこで受験生の中で一番の成績であることを教えられた。
ただ、奨学生は首席扱いにはならないらしく新入生の代表はロドリゴになったんだよね。たくさんの人の前で挨拶とか苦手だから寧ろ助かったけどね。
やがて見覚えのあるドアの前に着くとマルグリット先生はわたしに言った。
「これからあなたの新しい先生と会わせます。少々驚くかもしれませんが、失礼の無いように。」
偉い人でも来ているのだろうか?上級貴族とかかな?
マルグリット先生が、校長室のドアをノックすると返事があった。
「どうぞ~」
立派な立場の大人には、相応しくない間の抜けた声がした。
中で待っていたのは四十代前半の男性、この学校の校長である。
「校長、マノンを連れてきました。」
「うん、マノンよく来たね。」
だが、わたしは校長先生に返事ができなかった。彼の隣に立っていた男性に釘付けになっていたからだ。
エルフ!本物だ……
磁器のように白く滑らかな肌、一見金に見えるが光の加減でとても淡い黄緑色だとわかる髪は絹の如し、身長は校長とほぼ同じだが手足が長いためにもっと高く見える。そして先の尖った耳。
顔のパーツが一つ一つ美しい上、正しい位置に収まっている。
中でも目を引くのは夏の空の色をした瞳だ。
間違いなく今まで見た中で、一番美しい人だ。
見た目の年齢は人間なら十八歳から二十歳だが、エルフの寿命は人間の五倍はあると聞くので、百年ぐらい生きていても不思議ではない。
少女向けの娯楽小説から出てきたみたいな人だ、室内にかすかに漂うミントのような香りは彼からだろう。
でもエルフって森の中の集落から滅多に出てこないって本に書いてあったんだけどな。
「あっはっは、驚いたかい?
彼は、ボクの学生時代からの友人でね。見ての通りエルフなんだ。」
「クライヴという。よろしく。」
高すぎず低すぎず落ちつきのある声で名乗られ慌てて頭を下げた。
「マノンです。はじめまして。」
校長先生がにこにこしながら言った。
「マノン君は寮先生の指導は受けてなかったよね。」
「ええ、受けていません。一回でわたしの一月の生活費が半分は無くなりますから……」
ジェシカですら月に一回なのだ、受けられるわけがない。
「今日からは、彼に教えてもらうといい。無料だから安心してね。」
は?いまなんと?
「はい?」
「校長、その説明では分からないかと。
マノン、あたくしから説明させてもらいますね。
クライヴ先生には特別準教員として奨学生、つまりあなたの指導を担当してもらいます。
奨学生は、育った環境が他の生徒とは違いすぎます。寮先生は、勉強だけでなく精神的なサポートも担当していますが、貴族出身の寮先生達では奨学生の悩みを理解できるとは思いません。
そこで、貴族以外でこの学校の卒業生であるクライヴ先生にお願いすることになったのです。」
確かに貴族ではありませんが、種族が違いますよね?
頭に浮かんだ言葉を飲み込む。種族差別はいけない。この学校の卒業生だというのだから、人間の街で最低でも六年は暮らしたことがあるはずだ。うん、大丈夫。
「貴族じゃないってだけじゃないよ、入試で満点を取ったのはクライヴとマノン君だけなんだ。
ボクは二人はきっと仲良くできると思うなあ。」
仲良くって友達じゃないんだから。
「マノン。とりあえず、今日から教わってみてはどうです?多少目立つかもしれませんが、寮の談話室ならうちの生徒しかいないから……」
そうだこの人絶対に目立つ、でもそれより……
「いいんですか?寮生以外が寮先生に教わるのは前の月までに予約しなければいけないそうですけど……」
ジェシカが言っていた。月一なのはそのせいもあるのだ。
防犯のために入ってくる人間を制限して把握するのが目的らしい。国内で最も力のある家の子供達だから仕方ないかと思っていたんだけど、ジェシカに言わせると『あんなの寮生とその親が優越感に浸る為よ』だそうだ。
「そうだっけ?」
「そうでしたね……
うっかりしていました。今日は寮を使えませんね。」
校長先生とマルグリット先生が顔を見合わせて思案していると、クライヴ先生が不思議そうな顔をした。
「マノンは目立つのが苦手なのか?図書館の自習スペースならみんな勉強しているから、人は多くとも逆に目立たないのでは?」
……もしや目立つ理由を御本人が理解していないのか?
「いえ別にわたしは目立つわけではないのですが……」
わたしは平凡中の平凡な容姿ですから。目立つのは先生です、と申し上げようとしたその時クライヴ先生がおっしゃったことにわたしは困惑した。
「?なら問題ない、図書館へ行こう。校門前にいるから、鞄を取ってくるといい。」
いや、ですからそうではなく……
「マノン君、今日はそれで。後で寮のほうに談話室を使えるように話しておくから……」
校長先生がすまなそうにおっしゃるのを聞いてわたしは諦めた。クライヴ先生を説得してはもらえなさそうだ。
わたしは大人しく鞄を取りに行った。
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