第42話 サカイの街

 わたし達を湖に寄り道させたのは、気持ちを落ち着かせるためだったのだろう。


 それに気がついたのは、管理人夫妻の顔を見た時だった。

 別荘に直行していたら普通の顔はできなかった。


「お帰りなさい、夕食の支度ができていますよ。」


「ありがとうございます。さっそくいただきますね。」


 魚料理が用意されていたが、トタの前皇帝の好物というのが頷ける美味しさだった。

 たらふく食べてぐっすり眠る、あんな事があったのに我ながら図太い。


 朝になったらクライヴ先生とシャーリーンさんが来ていた。

 先輩と三人で朝食を摂っている。

 先生とシャーリーンさんは疲れて見えるが、先輩はいつも通り。

 良かった、先輩も眠れたんだ。

 

「あの後王様達はどうなったんです?」


 わたしが尋ねるとシャーリーンさんはあくびをかみころしてから言った。


「今頃ぐっすり寝ていると思うわ。明日王都に戻って侍従長の引き継ぎを済ませる予定よ。

その後、王様は旧王都へ向かうわ。」


 三百年前まで今より西にある街が王都だった。そこにある旧王城に前国王が住んでいるそうだ。


 因みに遷都の理由は人口過多による環境悪化。

 その百年後に現在の王都から学都へ魔術学校が移ったのも、王都の人口が増えすぎたのが原因らしい。

 王都にばかり人口が集中するのはアルギンスの持病と言えるかもしれない。


「昨夜遅くまで姉さんと講義をしたからな。王妃には感謝された。」


「厳しかったわね~。王様が泣き言を言っても『これぐらいならうちの生徒でもできる』って返したりして。」


「私より姉さんの方が厳しい。」


「クランヴェーネさんがさ、笑顔で『一国の王がこんな事で音を上げる根性なしな訳ないよね』って、あれは怖かったな~。

実は一番怒っていたの彼女なんじゃないか?」


「そういえばクランヴェーネさんはどちらに?」


 先輩が訊くと先生が食事の手を止めて答える。


「一度ぬばたまの里に寄ってから小平太君の家に行くそうだ。我が姉ながらタフ過ぎて引く。」


 眉間に皺がよっている。本当に引いているみたいだ。


「ここを出発するのは何時です?」


「朝食を終えたらすぐ行こう。サカイの街で昼食を食べてから小平太君の家にお邪魔すれば丁度いいだろう。」


「いいね。美味しい店なら任せて、案内するよ。」


「シャーリーンさんも行くんですか?」


「途中までね。休暇の残りは帝都で過ごそうかと。」


 先生達は寝不足なのでは?

 と思ったけど馬車で寝れるから心配ないとのこと。

 馬車が来て分かった。

 シャーリーンさんが手配した貸し切りの高級車だった。


 馬車が走り出すと広い車内で先生とシャーリーンさんはすぐに居眠りを始めた。

 馬車で眠る用の枕が有ることを初めて知った。座って眠れるよう頭を固定するのか。


 昼前に山脈を越えサカイという街に着く。

 イズミに入る時は関所が無かったが、ここには有る。

 イズミがトタ帝国に入る前の名残で、様々な理由から変更されていないんだそうだ。

 学都の教師や生徒はトタでも信用度が高いらしく、すんなり入れた。

 それからシャーリーンさんおすすめのうどん屋さんで昼食をとった。

 トタ料理の店は学都にもあるから、うどんは食べたことがある。

 でもここのは、信じられないくらいツルツルした食感で美味しかった。

 普通のうどんが食べられなくなるかもしれない。

 シャーリーンさんとはここでお別れだ。

 彼女は馬車で帝都へ、わたし達は徒歩で小平太さんの家に向かう。 

 学都に負けないくらい賑やかな街だ。

 イズミとはまた違う活気がある。


「すぐ近くのはずだ。」


 先生の後をついて行くが、この辺なんだか大きな建物が多くないだろうか?

 イズミで遠くから見たトタの別荘に似てる。

 高さはあまりないが敷地面積が広い。

 紫陽花などの植物に彩られた庭が綺麗だ。


「ここだな。」


「ここ……ですか?」


「一番大きくて立派なお屋敷ですね……」


 やっぱりお坊ちゃまだったのか……


 大きな門をくぐり玄関へ向かうが、その間の庭の美しいこと。整えられた木がバランス良く植えられている。

 玉砂利と飛び石でできた道の先にクランヴェーネさんが立っていた。

 

「そろそろ来る頃だと思ってたよ。」


「そっちは満喫していたようですね。」


 彼女は白地に青い植物柄の柔らかそうな着物を着ていた。


「これかい?パジャマ代わりの浴衣だよ。

さすがに眠くてね、さっきまで寝ていたんだ。」


 玄関が開いて、わたしと同じくらいの年の女の子が顔を出した。


「まあ、もういらしてたんですね。

母上、兄上、お着きになりましたよ!」


すみれ、桜さんなら台所にいたよ。小平太は部屋じゃないかな。」


「暑かったでしょう。どうぞお上がりください。私は小平太の妹の菫と申します。」


 年齢は同じくらいでも、ずいぶんしっかりした印象を受ける妹さんだ。

 気がついてやって来た家政婦さんにお茶の用意をするよう言うと彼女は、大きなテーブルのある部屋へ案内した。

 わたしはというと、玄関で靴を脱ぐのを忘れそうになり艷やかな飴色の床を汚してしまうところだった……

 先輩が止めてくれたから未遂だったけど。

 恥ずかしい……





 

 

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