第41話 湖畔にて

 馬車が停まったのは湖の側にあるカフェだった。


「ここはアイスクリームが人気なんですよ。」


 降りてザクトガード風の店舗の外観を眺めていると、近くにある馬用の水飲み場に見覚えのある人が居た。


「小平太さんじゃないですか。」


 先輩が声をかけると彼は振り返り、わたし達の姿を見てニカッと笑った。


「偶然だな。ここのアイスを食べに来たのか。」


「小平太さんはどうしてここに?」


「お使いのついでに知り合いに会おうと思ったら、相手の都合が悪くて予定が空いた。

だからアイスでも食べて帰ろうと。」


「丁度いい、君も一緒に食べていくといい。テラスを貸し切りにするから。」


「あなたはアルギンスの……」


 騎士さんは今は制服ではない、だけど小平太さんには分かったらしい。

 顔を覚えていたのだろうか?


「いや、せっかくだからアイスを食べながら湖畔を歩いてみないか?

こいつも歩きたそうだし。」


 そう言って水を飲む馬を指差す。

 綺麗な青毛の馬だ。クランヴェーネさんが乗っていたのは栗毛だったな、あの子も綺麗だった。


 コーンに乗ったアイスを買って三人と一頭で散歩をする。

 騎士さんには馬車で待ってもらう事になった。


「森から湖が見える場所があるんだ。そこに行こう。」


 上り坂をしばらく歩くと先輩が大きく息を吐いた。


「……緊張したわ。あの人たぶん公爵令嬢よ。見たことあるもの。」


「えっ?」


 妙に静かだと思ったら、そのせいだったの?

 王妃様の護衛だから、そのくらい身分高くてもおかしくないけど……


「ああ、上級貴族だとは思ってた。

……ところで柊達に会ったんだって?」


「やっぱり知り合いだったんですね。」


 クランヴェーネさんが関わっていたし、同じ名前の別人ではないだろうと思っていた。


「時々父や兄に連れられてぬばたまの里に行っていたからな、一緒に遊んだこともある。」


 アイスを食べ終わり、馬を見ていると小平太さんが言った。


「乗ってみる?」


「え?」


「馬に乗った事はある?

こいつは大人しいからマノンやクローディアでも平気だと思うよ。」


「乗った事は無いです。

野菜を運ぶ馬を見たことはあるけど。」


 農園では牛や馬に荷物を運ばせていたから見たことはある。

 でも世話は大人の仕事だったから見ていただけだ。


「私は乗馬を習った事があるわ。

マノン、乗せてもらったら?」


 二人に手伝ってもらって乗る事になった。

 視点が高くなって景色がよく見える。

 馬って結構筋肉すごいな。

 あったかいし、たてがみはフサフサだ。

 木々の間から見える水面がキラキラしてる。


躑躅つつじの能力については聞いたか?」


「聞きました。」


「目の前で見たわ。マノンの傷を引き受けてもらったから。

その後返してもらいましたけど。」


「そうか……

返してもらった?」


 かくかくしかじか。

 成り行きを簡単に説明する。


「この世界の人間が全部マノンだったらなぁ。」


「……そんな世界は嫌ですよ。」


 自分だらけとかホラーだ。


「小平太さんの言いたいことは分かるわ。

躑躅さんを手に入れるって事は、二個目の命を手に入れるって事ですものね。」


 死んでしまうような怪我や病気を引き受けさせれば自分は助かる、そう考える人はきっと居る。 

 どこかに閉じ込めてお金儲けに利用する人もいるかも。


「躑躅は褒められたくて能力を安売りしてしまう所があるし、檜扇殿が厳しくしても他の者が甘やかす。

柊や竹彦も長の血縁だからと、ちやほやされて育ってる。

……たぶん柊と竹彦は里から出されるんじゃないかな。

檜扇殿が以前から帝都の学校に入れたがっていたんだ。

里の者が反対したから実現しなかったんだけど、今ならその人達を黙らせられるから……」


「そういえば、あの二人何歳なんです?」


「柊はクローディアと同い年だよ。竹彦はその一つ上だから俺と同い年だな。」


!?


「もっと年上かと……」


 コクコク頷いて先輩に同意する。十六か十七ぐらいだと思ってた!


「見た目は大人っぽいからなー、あいつら。」


「躑躅さんはともかくあの二人がそれだけって納得いかないわ……」


 先輩がため息をつく。


「じゃあ俺が殴っておこうか、調子のんなよって。」


 うえっ!?

 急に乱暴な意見!


「あ、あの二人も反省してるかも……」


「反省してなかったらお願いします。」


 慌てるわたしとは裏腹に先輩はグッと拳を握りしめた。


「了解。ほら、ここが湖が綺麗に見えるとこだよ。」


 広場みたいになっていて、湖を上から見下ろせる場所だ。

 湖に向かってベンチが置かれている。

 穴場なのか他に人は居ない。

 馬から降りて先輩とベンチに座った。


「あの水の一部が学都まで流れて行くのよ。」


 先輩が教えてくれた。

 後ろの方では馬が草をのんびり食んでいる。

 湖でボートを楽しむカップルを見てあることに気づく。


「アルギンス人とトタ人だ……」


 アルギンス男性とトタ女性が仲良くデートしている。

 湖の周りを歩いている人も、よく見るとアルギンス人とトタ人の混じったグループがいくつもある。


「イズミは国際結婚した夫婦には住みやすいというからな。

町の人間が彼らに慣れているから家を借りるにも、子供を学校に入れるのもトラブルが少ない。

両方の国の物が一つの店で手に入ったりするし色々な面で便利だとも聞くな。」 


 この町の人達、アルギンス人を身近に感じているんだな……

 そんな事を考えていたら、無意識に呟いていた。


「……あの二人が心を入れ替えて、この町の平和を守れるような人になったら許せるのかな……」


「それ、いいわね。」


「よし、伝えとく。」


「え!?

いや、ただの独り言ですよ!

深い意味なんてありません!」


「あいつら、本来そうならなきゃいけなかった人間なんだ。言い過ぎって事は無い。

『謝りたいなら、それに相応しい奴になれ』ってぐらいで丁度いいよ。」


「ええ〜……」


 でも、そうか。

 彼らがそうなれば一番良いのか。

 柊と竹彦のことは嫌いだけど、痛めつけたい訳では無い。

 改心してもらえればいい。


「そうですね。

少なくともクライヴ先生に斬られないぐらいに立派な人になってもらいましょう。」


「……一番怒っている人を忘れてたわね。」


「そんなに怖いのか、あの先生……」


 


 


 




 


 








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