第33話 四日目 帰還

 翌日早朝、日が出たばかりの時間に起こされ家の前で待っていた馬車に乗り込んで出発した。

 わたし、先生、先輩、小平太さん、クランヴェーネさん、そしてシャーリーンさんの六人だ。

 

「シャーリーンさんも行くんですね。」


「ああ、護衛もあるけど魔術学校の非常勤講師になったからね。」


「へー……えっ?」


 相槌を打ちかけて、遅れて驚いた。

 

「王都がああなったから卒業生の進路にも影響があるだろうし、対策のためにね。」


 ……考えてみれば魔動装置の一番大きな市場がダメになったわけだし魔動技士の就職に影響あるよね。

 うわー……


「そんな暗い顔しないの、魔動技士も商人もあなた達が助けたんだからね。すぐに新しい魔動装置が開発されるよ、彼らは逞しいから。」


「そうよ、マノン。うちの父なんて『今しか売れないものを売る』って張り切っていたわ。結界がない場所でも使えるものをね。」


 と、先輩が言うと小平太さんが納得したように言った。


「それでトタの照明や暖房について訊かれたのか。」


 馬車は王都を出て、東に向かう街道を真っ直ぐ走っている。

 しばらくすると先生が窓のカーテンを少し開けて外を見た。


「交通量がいつもより多い以外は変わった所は無いな。」


「王都以外は平和そうだね。」


 クランヴェーネさんも別の窓から外を見て言った。


 わたしも外を見てみる。

 遠くに見える畑で農作業をしている人達が見えた。

 彼らにも王都の事は伝わっているのではないかと思うんだけど、それでも慌てずに自分の務めを果たしているように見えてすとんと気分が落ち着いてしまった。

 うん、そうだよね。

 わたしにできる事って学都に戻って学校に通うことなんだよね。

 英雄でも聖人でもないただの学生なんだから。


「ザーツ子爵はどうなったんですか?」


 なんとなく訊けなかったことを思い切って訊いてみる。


「王都の屋敷で取り調べを受けてるわ。長くかかりそうね。」


「クローディア、マノン、せっかくの休みだったのに残念だったな。

……なぁシャーリーン、夏休みに二人とクライヴをトタヘ連れて行ってはダメだろうか?」


 クランヴェーネさんがなんかとんでもないこと言いだした!?


「王妃様からあなた達の自由を制限しないように言われてるからダメとは言えないわね。

……ただ護衛はこっそりついて行く事になるだろうから、日程表をあたしに提出して。」


 ええっ!?許可されそう!


「二泊か三泊ぐらい?クライヴ夏休みはいつからだ?」


 先生とクランヴェーネさんが相談を始めてしまった。


「たしか午の月の二十五日からだったと……」


「俺んとこの夏休みもそのぐらいからですよ。クローディアの家に世話になったし、俺の家に泊まって下さい。」


 待って待って待って、何でスムーズにトタ旅行計画が出来上がっていってるの?


「トタの暮らしって気になります。楽しみね、マノン。」


 先輩の輝く笑顔に勝てるわたしではなかった。


「はい……」


 小平太さんのお家に泊まり……

 外国人に囲まれて数日過ごすのか、学都に出てくるだけでも大冒険だったのに二ヶ月前には想像できなかった。 


 先輩のお家でお弁当を持たせてくれたので、来る時より休憩を短くすることができた。

 学都に着いたのは日が傾きだす前だった。

 王都ヘ出発した朝は蕾だったライラックが満開になっていて街のあちこちから良い香りが漂っていた。


「お世話になりました。」


 下宿の前に着いたので、わたしが一番最初に馬車から降りた。

 次は学校前で先生と先輩、シャーリーンさんが降り、馬車はさらに東へ。

 アルギンスの東端の街でクランヴェーネさんと小平太さんは迎えの人と合流するらしい。


「自分達だけで帰れるんだけど、トタ側も今回の事を聞きたがっていてね。」


 迎えって小平太さんの保護者かな。それとも政府の人かな。自国の未成年者が他国で事故に巻き込まれたわけだし、安否が気になるのは当然だよなあ。


「お二人と会えて良かったです。お元気で。」


 馬車が静かに動き出す。

 手を降って見送ってから、下宿のドアを開けた。


「マノン!帰ってきたのね!」


 ジェシカが飛び出してきて、わたしに抱きついた。


「王都で大事故があったって聞いて居ても立っても居られなかったのよ。無事で良かった。」


「ジェシカ、帰って来るのは明日じゃなかったの?」


「マノンが心配で早めたの。リジーとメアリーはまだよ。王都より西の生徒は皆遅れるんじゃないかしら。」


「事故の後はずっと先輩のお家に居たから大丈夫だよ。」


 嘘は言っていない。


「本当に良かった、悪い話ばかり聞こえてくるから心配で……

あら?誰か走ってくるわ。」


 ジェシカの見ている方を見ると、走り去ったはずの馬車が少し先の道で止まっていて小平太さんがこちらに走ってきていた。

 ……何ごと!?


「おーい、マノン!これ落ちてたぞ!」


 小平太さんが渡してきたのは、わたしが鞄に付けていたはずの絹糸とローズクォーツでできた飾りだった。

 父が薬師として担当する村の一つで作られた物で、村人がわたしへのお土産にと父にくれた物だ。

 シンプルな黒い鞄を使っているので他の人の鞄と間違わないように付けていたのだ。


「ドアに紐が挟まって千切れたんじゃないかな?すぐに気がついて良かった。じゃ。」


「あ、ありがとうございます。」


 小平太さんはジェシカに会釈して馬車ヘ戻って行った。

 彼にはまたお世話になってしまったな。


「……マノン。」


 ジェシカの様子がおかしい、何で睨んでいるんだろう?


「あんなエキゾチックなイケメンといつ知り合ったのよ!詳しく聞かせてもらうわよ!」


「ジェシカ!落ち着いて!ここ外だから!」


 散歩中の老夫婦が何事かとこちらを見ている。


 スザンヌさんが出てきて叱るまでジェシカはわたしの肩を掴んで揺さぶっていた。






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