第20話 一日目 夕方 冤罪
先輩の家は外観も美しかったが、中もとても良かった。
用意されていた客間は、水色を基調に白い花模様の可愛らしい部屋で
「お嬢様から聞いたマノンさんのイメージでコーディネートしました。」
とメイドさんに言われてしまった。先輩がどんな話をしたのか気になる。
先輩のお父さんは家具やファブリックも取り扱っているらしい。
先生の部屋は木目の美しい家具と緑色の落ち着いた印象。
もっと見たかったけど、待ち合わせまであまり時間が無いというので軽くお茶を飲んだら金の猿亭へ向かった。
距離が近いし、人が多くて馬車では動きづらいとの先輩の言葉に徒歩で向かうことになった。
大通りに出ると、活気に溢れた街が広がっていた。
絶え間なく行き交う馬車と人、道の両脇にずらりと並ぶさまざまな店。
「ここをまっすぐ行けば着くわ。銀の猿亭に似てるから見ればすぐ分かるわよ。」
「姉さんはたぶん遅れて来るが、食事をして待っていよう。」
王都生まれの先輩と、何度も来ているという先生はなんともなさそうだけれど、わたしは少しだけ人混みに酔いそうだ。
あ、右の靴の紐が
端によって紐を結び直す、ついでに緩んでいた左の靴も結び直す。
立ち上がって二人の姿を探すが見当たらなかった。
ええっと……
まっすぐ行けば見えてくるって言っていたよね。
進んでいたら、わたしが居ないことに気づいた二人が戻って来るかも。
……結構進んだけど先輩も先生も金の猿亭も見えてこない。
そんなに長い時間しゃがんでいたわけでもないはずだけどな。
喉が渇いた。
さっきお茶を飲んだばかりなのに。
知らない場所で一人でいるストレスのせいかな?
近くの店の前に瓶入りのジュースを満載したワゴンがあった。
一本買って飲んでもいいよね。値段も手頃だし。
オレンジ、グレープ、りんごにレモン、あ、アセロラ!結構好きなんだよね。これにしよう。
瓶に手をかけると手首をガッと掴まれた。
「ようやく捕まえたよ。この泥棒猫が!!」
知らないオバサンが、わたしを睨んでいた。
「な、なんですか?」
訳が分からない。心臓がバクバク音を出す。
「しらばっくれるんじゃないよ!あんたと友達が毎日一本ずつ盗んでいたんじゃないか。子供なら許されるとは思わない方がいい。万引きは犯罪だからね。学校と親の名前を言いな!」
「違います!わたしはこれを買おうとしただけで……」
「言い訳すんじゃない。毎日見てたんだ、あんたが見張って友達が盗んでいただろ!」
「わたしはさっき王都に着いたばかりです!この店も初めてで……」
「こんのクソガキ!いいからこっちに……」
「ちょっとオバサン、その子違うよ。」
違う声が割り込んできて、わたしもオバサンもそっちを見た。
黒髪黒瞳の少年がわたしを指差す。
「その子は本当に買おうとしてたよ。じゃなきゃ値札と財布の中身を見比べないだろ。」
「なんだいあんたは!トタ人だろ、ほっといてくれ!」
「確かに俺はこの国の人間じゃないけど、明らかに濡れ衣だし見過ごしたら親に顔向けできないから。」
黒髪黒瞳はトタ人に多い特徴だ。そのうえ彼はトタの民族衣装である着物を着ていた。年齢は、わたしより二歳か三歳上だろう。
「そうそう、奥さんの探してた子はこの子じゃないかな。さっき万引きしてたから捕まえといたよ。」
また別の声が割り込んできた。声の主には見覚えがあった。
いや、彼女ではなく似た人物を知っていた。
彼女はエルフだった。
金髪に初夏の山のような緑の目。
その彼女がわたしと同い年くらいの少女を連れていた。
髪と目がわたしと同じ色、髪型も背格好もわたしに似ている。
少女は顔をしかめていて手にはジュースの瓶を持っていた。
そしてそれは光る紐のようなもので離れないように結ばれていた。
「ワタシに言ったこと、この奥さんにも教えてくれるかな?」
少女はひどい顔をしていた。
父さんが胃痛の人にセンブリ茶を飲ませたときよりひどい。
「……万引きしました」
「それだけ?」
「アタシたちのグループで万引きしたのよ。一人一本順番に、盗む子と見張る子に別れて。今日はアタシの番だった。もういいでしょ!早くこれなんとかして!」
少女は瓶がくくりつけられた手をエルフ女性に突き出した。
「奥さん、そういう訳なんで、その子は返してくれますよね。」
オバサンがわたしと少女を見比べる。
「確かにこっちの子だ。でもこの子が仲間でないかは……」
「は?そんな子知らないし!」
少女が焦っている。もしかしてわたしの冤罪が晴れないと瓶が離れないと思ってるのかな?
「万引きの子供は毎日来ていたんですよね。奥さん、その子が手首につけてるの何だかわかりますか?」
エルフ女性がわたしを指差す、わたしの手首を。
「腕輪がどうかしたかい?こんなのどこでも売ってるよ。」
「それは、お金じゃ買えないですよ。学都十一校の生徒の証、叡智の腕輪です。そんな子が平日に王都にいますかね?学都で授業受けてるはずでしょう。」
彼女の言う通りだった。表に簡略化したライラックの絵と『叡智を求める者』の字、裏にわたしの名前がある銀色の腕輪、学生証なのでいつも着けている。
「学都!?じゃあ貴族か豪商の……」
オバサンの顔色が悪くなる。
「ああ、悪かったね。帰っていいよ。そっちのあんた!役人に突き出すからね!自分と他の子の名前を言いな。」
「はあっ?役人来たら親にバレんじゃん!」
「当たり前だろう!何言ってんだい!バレないとでも思ってたのかい。」
もしかしてあの子、自分がした事の重大さに気づいてないの?
わたしの手を離し、少女の手を掴むオバサン。光の紐が消えて、瓶が落ちて転がる。
「じゃあ、もう行こうか。用は無くなったみたいだし。」
少年がニカッと笑って、わたしの頭にポンと手を乗せた。
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