第19話 一日目 昼 平和な旅路
途中の町で昼食を取る。
先輩おすすめのレストランのテラス席だ。
先輩のお父さんが予約してくれたらしい。
その間に馬車に異常が無いか調べたり、馬を替えたりするそうだ。
ハンバーグを食べてみたが、とても美味しい。
「そういえば、魔力石で動く車の研究をしている人がいるって前に聞いたことがあるんですけど、実用化ってできるんでしょうか?」
わたしの質問に先生が答えてくれた。
「出力の問題でまだまだ先の事になりそうだな。結界の中、短距離じゃ需要が少ないだろう。」
先輩もグラタンを食べるのをいったん休んで話に加わる。
「結界の外だと歩くより遅いんですよね。」
そうなのか、じゃあ馬車の代わりはまだ無理か。
ん?馬車は無理でも。
「車椅子に使うのは?」
学都でも車椅子を使っている人はいる。
足はだめでも手が使えれば自分で移動できるけど、老衰などで手の力が衰えたら他の人を頼るしかない。でも動力があれば……
「車椅子の動力か。いいかもな。」
「もし、誰も作らなかったら私とマノンで作っちゃわない?」
意外と肯定的な言葉が返ってきて驚く、村にいた時はこんなこと言ったら『またバカな事言って』って言われてたのに。
「わたしに思いつくぐらいだから、もう研究してる人がいるかもしれないですけどね。」
「もしそうならマノンの発想の良さが証明されたって事よ。」
照れ隠しに捻くれた事を言ったらさらに肯定されて、つい下を向く。
無事に卒業できたら、わたしも魔動装置を作れるようになるんだ……
嬉しいような、怖いような、胸の中がざわざわする感じがする。
先生が食べているトンカツが見えて話題を変えた。
「先生って、お肉食べるんですね。」
「ああ、私が肉や魚を食べないと思っていたんだな。
本に書かれているような動物性の物を食べないエルフは西大陸南部から南大陸北部の暖かい地域に住む部族だ。
それ以外は人間と変わらない物を食べている。このミュオ島のエルフもそうだ。」
「ええ!?本当ですか?」
本に書かれていた事と違う!
アルギンス、ザクトガード、トタの三つの国はミュオ島という大きな島にある。
その東に東大陸、西に西大陸、西大陸の南に南大陸がある。
肉や魚を食べないエルフの住む所は暖かいというより暑い地域だ。
教科書には食料品の生産量が多い地域と書いてあったはず。
「もっと驚く事があるぞ。
肉や魚を食べないエルフ達は肌の色が濃い、本に書かれているダークエルフみたいな容姿をしている。」
「えええ~、何でですか?」
「彼らは一年中草木の生い茂る豊かな土地に住んでいるんだ。
年中何らかの野菜や果物の栽培ができる場所で、肉や魚を食べなくても飢える事が少ないんだそうだ。
昔は保存方法もあまり無かったし、この差は大きくてな。
強い日光が当たる地域でもあるから、肌や髪の色が濃い者が多い、人間もそうだろう。
彼らが肉や魚を食べられない体質というのも違う。
宗教で禁じられていたり、生き物を殺す事への忌避感のせいだ。」
食べる物が豊富だから可能だったのか。
クローディア先輩が首を傾げる。
「なぜ、事実と違う事が本になって広まったんでしょう。」
「それは分からない。
本の内容に疑問を持ったあるエルフが世界中を歩いて調べたから間違いに気づいたが、それがなければ誤解は解けなかっただろうな。
そのエルフが著者について調べたら相当な変わり者だった事しか分からなかったらしい。」
「著者に直接訊けたらいいんですけどね……」
「嘘つきと評判だったらしいぞ、よく言っていたのが異世界から来たという……」
先生がそこで急に黙る。
「なんですか?」
「いいや、何でもない。」
「気になりますよ!ねぇ、マノン。」
丁度ハンバーグを口に入れたところだったので、頷くだけで同意する。
二人でじぃーっと見ると、先生はため息をついた。
「根拠のないただの想像だ。
著者が本当の異世界人で異世界のエルフについて書いた……
ありえないだろ。」
「でも面白いです。可能性は低いでしょうけど。」
「小説なら有りですね。」
「そうだろう、これじゃ研究者ではなく小説家の発想だ。
忘れてくれ。」
午後も馬車は順調に進んだ。
先輩の言った通り夕方に王都に着いた。
学都の壁も大きかったけど、王都は高さも長さもすごくてかなり遠くから見えた。
御者の男性が通行証を見せるとすぐ通された。
「一人ずつ手続きしないんですね。」
「学都は出入りを厳しくしているからね。他の街はそこまでじゃないのよ。」
「学生が多いから安全に気を使っているんだ。学校のイメージにも影響するしな。」
中に入ると人の多さも学都以上だ。
なんでこんなに人が居るのにぶつからずに歩けるんだろう。
馬車もたくさん走っている。
窓から見てるだけで目が回ってきた。
馬車は街の中央の方に向かっている。
その先に見えるのは王城だ。
「本当に学都の図書館に似てますね。」
「外側はね。中は結構違うわよ。」
学都の図書館は王城に似せて作られたらしい。
国防上中までは一緒にできなかったが、幼くして東の領主に嫁ぐ王女が寂しくないように当時の王の命令だったとか。
城は王女の名をとってルリカ城と呼ばれた。
その後、老朽化して壮麗な金食い虫となったルリカ城を図書館に、周りの貴族の館を王都から誘致した名門校の校舎にして今の学都になったらしい。
王都の人の中には、学都を『王都の縮小版』なんて言う人もいる。
学都から来たわたしの王都の第一印象は、人が多すぎて狭くないのかな?だった。
馬車は小綺麗な家が建ち並ぶエリアにやってきた。
「着きましたよ。ここが私の家です。」
馬車が止まったのは平民街の一番奥、貴族街との境の壁のそば。
高級住宅街に先輩のお家はあった。
想像以上の豪邸だ!
白い壁に青い屋根、玄関のドアにチューリップを模した金属の飾り。
五階建てのようだ。
「うっわ~、綺麗な家。」
「ふふっ。中へどうぞ、お茶にしましょう。」
先輩が笑顔で、わたしたちを中に招き入れた。
*肉を食べるエルフなんて今どき珍しくもないですが、自分を納得させる為に必要だったので屁理屈こねさせていただきました。
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