第21話 一日目 夕方 交通事故未遂

「あら?マノンは?」


 クローディアの言葉にハッとして、後ろを振り返る。

 さっきまで黙って付いてきていたマノンが居ない。


「はぐれたらしい、戻ろう。」


 今渡ったばかりの道路を逆に渡ろうとすると、視界の端に動く物があった。


「危ない!!」


 とっさに一歩車道に出ていたクローディアを自分の方へと戻す。胴に腕をまわして強引に引っ張ったから痛かったかもしれない。


 ギイイイイイイイー!


 大きな馬車が急停車した。少なくとも六頭立て馬車の大きさだ。

 だが、馬の姿が無い。

 中から五十歳手前ほどの男が出てきた。


「危ないじゃあないかぁ、飛び出したりなんかしてぇ。」


 語尾が微妙におかしな喋り方の男だ。

 後ろからひょこっと、三十歳くらいの男も出てきた。服装から二人とも貴族と思われる。


「危ないのは、そっちだ!街中であんなスピードを出すなんて何を考えている。轢かれるところだぞ!」


 声が自然と荒くなる。何なんだこいつら、クローディアが怪我をしたかもしれないのに。


「おや?エルフじゃないかぁ。王都になんの用だぁい。狩りなら森でしぃたまえよ。こっちは大事な実験の最中でねぇ、忙しいんだぁよ。王都内を巡回する馬無し馬車さぁ。王都は広すぎるからねぇ。」


 おかしいのは言葉使いより、頭の方かもしれない。


「そんなことより彼女に謝れ、轢きかけたんだぞ。」


「んん~?その小娘が飛び出すから悪い……、庶民にしては見目良いではないか。」


 扇子を取り出して厭味ったらしく、口元を隠す男。扇子はアルギンスの貴婦人が使うものではなく、トタ製の木と紙でできた男性用高級品だ。粋なつもりなのだろうか。

 初対面のしかも親子ほど年の離れた娘にそんな事を言う非常識さにも不快感を覚える。


「あの、ザーツ子爵様。」


 クローディアが男に話しかけた。


「ん?わしを知っとるのか?」


「パーティーでお見かけしただけですけど。

実験ということは、この魔動装置は未許可ですよね。魔動装置管理庁に実験の申請はしましたか?公道ですから道路管理庁にも。」


 魔動装置は魔動装置管理庁の許可がなければ公共の場で使えない、道路で実験するなら道路管理庁に実験計画を提出して危険がないと判断されなければいけない。


 子爵らしい男が黙って、隣の男を扇子でポンと叩く。

 叩かれたほうは、視線を彷徨わせた。


「わしは忙しい。今日の所は許すゆえ、今後は気をつけよ。」


 二人は馬無し馬車に乗りこんで、急発進した。魔力漏れの臭いがぷんぷんする。ずいぶんと効率の悪い魔動装置のようだ。

 腕の中のクローディアを思い出し、声をかける。


「クローディア、怪我は無かったか?かなり強く引っぱってしまった。痛くないか?」


「いいえ、なんともありません。ありがとうございます。」


 クローディアは轢かれかけたショックからか顔が赤く涙目になっていた。


「大丈夫かね、お二人さん。」


 馬車の走り去った方を見ていると、初老の男性が声をかけてきた。服装から裕福な平民と思われる。


「最近あの妙な馬車が走りまわっていて、皆迷惑しているのだよ。相手が貴族だから役人も強く言えないみたいでね。」


「最近?いつ頃からです?」


「三日、いや四日前の朝だったか最初に見たのは。」


「四日ですか。いつもあんなスピードで走っているんですか?」


「ああ、私も轢かれかけて役人に苦情を言ったんだがあの通りでね。騒音に悩まされている者も多いんだ。」


 あの大きさとスピードで、魔力漏れもある。魔力石がいくらあっても足りないはずだが……


「私たちも役人に話してみようと思います。」


 男性が頷いた。


「ああ、それがいい。苦情が多くなれば、役人も動かざるをえないだろう。」


 その前にマノンを探さなくては。


「行こう、クローディア……」


 その時こちらに向かって飛んでくる小さな光が見えた。

 季節外れの蛍のようなそれは姉からの連絡だった。

 軽く手を挙げると指先にとまって消える。

 姉の声が私の頭の中だけに響いた。

 それは片方からしか話せない電話のような感覚だ。


「私の姉がマノンと一緒にいるらしい。金の猿亭に連れて行くので先に言って待っているようにだそうだ。」


「どうしてマノンがお姉さんと一緒に?」


「直接あって聞けば分かる。行こう。」

 



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る