第16話 美少女と走る事になりました

 次の日の放課後。

 クライヴ先生は変わった様子は無く、クローディア先輩から話があったかは分からない。

 まだ話してないかもしれないし、わたしから訊く訳にはいかないよね。

 寮の使用許可がまだ降りないので図書館で勉強しているんだけど、周りで働いている司書さんは男性ばかりだ。

 わざとだろう。

 

「じゃ先生、わたし帰りますね。また明日……」


「ちょっと待て、そろそろ来る頃だ。」


 来るって何が?


「ああ、来た。」


 先生の視線の先には優雅に歩く花のような女生徒がいた。

 すれ違った他校の男子生徒が振り返る。


「ごきげんよう、クライヴ先生、マノン。」


「ご、ごきげんよう、クローディア先輩」


 先輩はわたしの隣に座る。


「二人は知り合いか?」


「ええ、偶然会いましたので私から声をかけました。優秀な後輩だと聞いておりましたので。」


 にっこりと笑う先輩からは今日もジャスミンの香りがする。


「なら話が速い。クローディアにも剣術を教える事になった。授業の邪魔にならないよう稽古は休日のみ。平日はマノンと一緒にジョギングをしてくれ。マノンも一人よりいいだろう。頼んだぞクローディア。」


「はい。マノン行きましょ。」


 先輩はわたしの手を取り図書館を出ていく。

 手が柔らかくてすべすべなんですけど!


「もう先生に教えてもらえる事になったんですか?いつお話しに?」 


 図書館前でアキレス腱を伸ばすクローディア先輩に、わたしもアキレス腱を伸ばしながら質問すると彼女は花が咲くように笑った。

 

「昨日マノンと別れた後、銀の猿亭にお昼ご飯を食べに行ったの。とっても混んでいて偶然店内にいた校長先生に相席をお願いしたのよ。それでマノンに言ったのと同じ話をしたの。」


 くるくると手首足首を回す先輩、わたしも真似をする。

 それ、偶然じゃないですよね。

 校長先生が休日の銀の猿亭でお昼を食べる事は魔術学校の生徒なら皆知ってる。


「それで校長先生はクライヴ先生に私の事をお話しになったみたい。今日学食でお昼ご飯をいただいていたらお二人がいらしたの。それでクライヴ先生から『剣術を教えるからマノンの体力作りを手伝って欲しい』と頼まれたのよ。」


「そ、そうなんですか……」


「安心して。私、王都のダンス教室でも後輩に教えてたから、ジョギングとかストレッチとか。これから毎日一緒に走りましょ。」


 毎日ですか。

 美人オーラが眩しくて目が潰れるかもしれない……


「教えてもらえる事になって本当に良かったわ。内容もだけど、どうせ教わるなら美しい人の方が身が入るもの。」


「……はい?」


 今何と?


「私、綺麗な人が好きなのよ。見ていて気分がいいでしょう。」


「え?」


 き、聞き間違いだよね。

 今先輩の可憐な唇が信じられない言葉を紡いだような……


「あ、でも勘違いしないでね。恋愛の好きじゃないから。なんていうか……推し?みたいな。私、歌手や役者が好きなんだけど、クライヴ先生ほど綺麗な男性は歌手や役者にも居ないでしょ。ああ、ちゃんと節度を守って接するわ。生徒としてね。芸能人じゃないんだし、出待ちや追っかけもしないわ。授業を受けさせて貰えるだけでいいの。」


 どうしよう!言ってることが理解できない!

 顔と言葉のギャップに脳が理解を拒んでいる。


「あの、昨日のお話は……」 


「全部本当よ。でもクライヴ先生をもっと近くで見たいって思ってたの。『成績を落とさないこと』とも言われたけど、もともとそのつもりだしますますやる気出たわ。一位をキープすればあの美しさを近くで見続けられるんですもの。」


 へー、成績一位なんだ……

 じゃなくて、芸能人好きなんですか。


「先輩のイメージと違って少し驚きました。」


「そう?マノンは他の人より驚いてないように見えるけど。皆私に夢を見すぎなのよね。」


 驚いてる!

 驚きすぎて処理が追いつかないだけ!


「さ、準備体操はこれくらいでいいかしら。行くわよ。」


 先輩はポンとわたしの背中を叩くと走り出した。

 わたしも慌てて後に続く。

 って速っ!

 どんどん離される!


「あっ、ごめんなさい速すぎたわね。ペース落とすわね。」


「はい……」


 生徒として節度を守ってクライヴ先生と接する……

 そこだけ解っとけばいいって事にしておこう……

 それ以外は今のわたしでは無理ってことで。

 人の気持ちを察するのとか苦手だしね。

 今の話はわたしの心にしまっておこう。

 先輩を慕う生徒やクライヴ先生には言わないほうがいい気がする。


 今日もいい天気だ。

 後七日ほどで連休だ。

 父さん元気かな……


 

 


 

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