第24話 一日目 夜 直感と屁理屈

「どうしてそう思う?」


 先生がわたしを睨んでる!? 

 先生怒ってるの!?

 怖い!美形が怒るとすっごい怖い!

 視線が氷のように冷たい。

 『王都から出ろ』って言った時の先生の表情を見て、そんな気がしたってだけなんだけど。


 でも、そんな気がしてならないんだよね。

 『直感です』なんて言ったって納得してくれないだろうし。

 理屈っぽいと小さい頃から言われるわたしだけど、ときどき直感で行動して後から理由付けしてる感覚がある。


 奨学金の試験を受けた時もこんな感覚だった、何故かできると確信していた。


 どうしてか分からないが今、先生達の言う通りにして王都から出てははいけない気がするのだ。

 それではうまくいかない気がする。


 今さら『冗談でした』で済まされる雰囲気じゃないし、無かった事にするのは何だか失望されそうな気がする。


 落ち着け、直感には理由が有ると誰かが言っていた。

 表層に現れない無意識下の思考の結果だと。

 テストで問題を見た途端答えが先に解って、後から計算式を考えるみたいなものだ。

 理由を捻り出せ、わたし。

 屁理屈は得意だろう。

 

「これは、高魔力症ですよね。治療するには先ず、魔力溜まりから患者を移動する必要があると思うんです。早ければ早いほど良い。ですが患者の人数はおそらく王都の人口とほぼ一緒、観光客を合わせたらもっといる。対して人手はわたし達五人。王都の外へ患者を連れ出すには圧倒的に人手不足です。一人ずつ運んでいては間に合わない。何か別の方法を採る必要があるのでは?例えば王都から魔力を取り除くとか……」


「あるの……?そんな方法……」


 先輩が縋るような目で見る。


「言ってみろ、どんな方法がある?間違えてもいい。」


 四人の視線がわたしに集まっている。

 間違えて怒られてもいいや、言っちゃえ。


「結界を壊せば、魔力は風に流されて拡散し害の無い濃さまで薄まるのでは?そうなれば症状が軽い人は自力で回復するし、重症の人だけ治療すれば……」


 はぁ……

 先生がため息をついた。


「何故、そんな事を思いつくんだ……」


 え?間違えた?


「魔力を取り除くってとこまでは分かるけど、結界を壊すとか……飛躍し過ぎ、そんなの簡単にはできないよ。結界のオーブの場所も分からないのに。」


 クランヴェーネさんが呟くが……


「オーブの場所が分かったらやるつもりでしょ、師匠。」


 小平太さんが、当然のようにそう言った。

 クランヴェーネさんが小平太さんを睨んで、小平太さんは口を噤む。


「外から助けが来れば人手不足は解消するだろう。」


 先生の言葉にわたしは首を振る。


「そこが一番気になっている所なんです。わたし達が今平気でいられるのは、この魔道具のおかげですよね。でもこんな魔道具がこの国にいくつ有るんでしょうね。もともと宮廷魔術師みたいな限られた人しか持てない物だったし、魔動装置が普及してからは作られることも無かったでしょう。魔道具無しでは王都に入ったところで動けなくなってお終いでは?おそらく時間との戦いなのに、救助が進む想像がわたしには全くできないんです。」


「どうしてこの異常すぎる状況でしかも短時間でその考えに到れるんだ……」


 あ、呆れられた?だけど、怖い顔ではなくなっている。


「……オーブの場所なら私が知っています。」


 今まで黙って聞いていた先輩が、意を決したように言った。


「場所を知ってるってなんで……」


「私の母は貴族の出です。祖父や伯父は宮廷魔術師をしています。幼い頃祖父にオーブを見せてもらった事があるんです。結界を壊すなら案内させてください。」


「わ、わたしも付いていきます!先生達と一緒じゃなきゃ王都から出ません!」


 先生達が何だかさっきからよそよそしくて冷たく感じるのも気になるけれど、先輩のことも心配でならない。顔は青いし、手も震えている。


「じゃあ俺も残る。二人が残るなら俺が王都から出る意味が無いもんな。師匠達は危険な場所から俺達を遠ざけたいから、助けを呼びに行けって言ったんだろ?師匠らしくなくて変だと思ったけどマノンの話を聞いて腑に落ちたよ。」


「小平太、お前は外国人だ。二人とは違う、トタに帰れ。」


 クランヴェーネさんがさっきまでの先生みたいな怖い顔で言ったけど、小平太さんは怯まなかった。


「嫌ですよ、人の命にトタ人もアルギンス人もない。死にかけてる大勢の人間放っといて帰るなんてまっぴらごめんです。師匠を手伝いますよ。うちの一族が頑固なの知ってるでしょ。時間の無駄です、早く行きましょう。」


「お願いします、連れて行って下さい。私は家族や使用人、父の店の従業員を助けたい!」


 先輩が二人に頭を下げる。

 わたしも先輩の隣で頭を下げた。


「わたしも連れてってください。」


 そのままじっとしていると、先輩とは反対側の視界の端に小平太さんの足が見えた。

 隣に来たらしい。彼も頭を下げた、一つに束ねた艷やかな黒髪が垂れて揺れる。


「師匠、お願いです。」


 その時エルフの姉弟がどんな顔をしていたかは、わたしからは見えなかった。

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