第54話 ザクロ
「遊花ならあいつらをやっつけられるでしょう。
お願いよ。
あたしじゃ逃げるだけしかできなかった。」
黒石喰みは悔しげに言うと黙った。
……そして鼻をひくつかせる。
「あなた、何を持ってるの!出しなさい!」
わたしを見てそう言うので、訳が分からなくなった。
「えっ?えっ?別に何も……」
「おやつー!
水晶丸のおやつー!!」
水晶丸が元気良く叫ぶ。
おやつ?あ!さざれ石!
「これのこと?」
首にかけていた石を取り出すと、黒石喰みは匂いを嗅いだ。
「なにこれ、すっごく美味しそう……」
「美味しいよー!!」
水晶丸が一粒パクッと食べた。
「ずるい!あたしも!」
黒石喰みもパクリ、もう一つパクリ。
もうほとんど残っていなかった石は全て食べられた。
「お腹空いてたんだね。」
「魔力をほとんど失っていたし、良い補給になったみたいだね。
皆の所まで案内できる?」
「できるわ。ところで水晶丸って何?」
「ぼくの名前ー!」
「あんた、一番子供のくせに、名前貰ったの!?
ずるいわ!あたしにもちょうだい!」
フガフガと鼻息荒く、迫ってくる。
「水晶丸に名前つけたのは、わたしじゃないから……」
「いいじゃないか、つけてあげなよ。責任者の私が許可するからさ。」
遊花さんが言うなら、良いか。
水晶丸が毛色から付けたから、真っ黒な石の名前がいいかな?
でも、この子の目が綺麗なんだよね。
本当に真っ赤、猫ならありえない色だ。
ガーネットって別名ザクロ石だっけ……
「ザクロ、はどうかな?
あなたの目、ガーネットみたいで綺麗だもの。」
「ザクロ!?良いじゃない!!
水晶丸より良いわ!!」
「水晶丸だっていい名前だよ!!」
どれだけ良い名前を貰ったか主張する二匹の会話がちっちゃい子供みたいで可愛い、と思ってたらクランヴェーネさんが訊いてきた。
「マノン、イヤリングはちゃんと着けてる?」
飛行機を降りる時に、王都で使った高魔力防止のイヤリングを彼女に渡されていた。
わたしは、耳にかかった髪を手で避けてイヤリングを見せた。
「着けてます。」
「良かった、落とさないように気をつけて。
ロドン山の方に向かって風が吹いているから大丈夫だとは思うけど、念の為にね。」
「八摘、近くの駐屯地に連絡して。」
遊花さんの言葉に、八摘さんは落ち着いた口調で答えた。
「既に完了しております。
十分後に到着予定です。」
「……」
「遊花様、待っている時間がもったいないとお考えですか?」
「バレた?
ザクロがどのくらい気を失っていたかも分からないし、石喰み達の場所くらい把握しておいた方が良いだろう。
魔道具で弱らせ、結界で魔力の補給を断つ。
運び易さ優先だ。
石喰み達の事が心配だよ。」
「……遊花様が来たのは、密猟者にとっては不運ですね。
皆様、土地勘の無い貴方がたに、ここでお待ちいただくのも、貴方がただけでお帰りいただくのも少々危険かと存じます。
少しの間、私共にお付き合い願います。」
「いいよ、なんなら手伝うし。」
クランヴェーネさんが軽い口調で言う。
「私は良いが、マノンに危険は無いだろうか?」
先生が少し不安げに訊く。
八摘さんは微笑んだ。
「別行動より、私共と一緒に居る方が危険は無いかと。
遊花様も私も、腕には自信がございます。
密猟者ごときに遅れは取りません。」
「そうそう。
百人や二百人なら、あなた達に危害を加える前に倒せる。
逆に目の届かない所に居る方が心配だな。」
「安心していいよ、二人ともかなり高位の魔族だ。
隠してても、強い魔力を感じる。
そうでしょう?」
クランヴェーネさんの言葉に遊花さんがニンマリ笑う。
「さぁ?どうでしょうね?」
八摘さんは笑顔で黙っている。
「行きましょう、先生。
わたしも石喰みが気になります。
密猟者の相手は遊花さん達がするんでしょう?先生とクランヴェーネさんは、わたしを守って下さい。」
「……ここまで来たんだ、最後まで見届けるか。」
先生は渋々といった様子でため息をついた。
木の陰から見る密猟者達の様子をうかがう。
人数は三十人ほど、男ばかりのようだ。
正三角錐の形をした結界の中には石喰み達がぐったりしていた。
「マノン、見ろ。
四点結界だ。
最もオーブの数が少ない結界だ。
動力の魔力石は地面の下だな。
あれは王都のものと違ってオーブの質も悪そうだ。
一つ壊すだけでバランスが崩れて結界が消える。」
先生が結界について教えてくれた。
一人、遊花さんや八摘さんと同じ制服を着た男がいる。
遊花さんが、言った。
「保護課の制服に似てるけど、微妙に違うね。紋章も間違っている。
それに魔力が低い、全員人間だ。
魔族はいない。」
八摘さんが、板のような物についたカメラで制服の男を撮影する。
「偽職員ですね。
顔で検索しましたが、該当者無しです。」
ザクトガードって、便利で不思議な物が色々あるんだな。
別の世界みたいだ。
結界の近くに木箱が積んである。
故郷の農園でよく見た木箱だ。
「近くにあるの、果物用の木箱ですよ。
あれに入れるつもりでしょうか。」
わたしの言葉に遊花さんが同意する。
「だろうね、果物の輸出に偽装する気かも。
よし!やっつけちゃお!
三人はここで待ってて。」
遊花さんと八摘さんが男達に近づいていく。
男の一人が彼女達に気づいた。
「誰だお前ら!!」
「こっちのセリフ。
この制服で分からない?」
遊花さんは、男の返事を待たずに鳩尾に一発食らわせる。
他の男が反応する前に、そいつも殴り倒す。
八摘さんも次々と素手で倒している。
あっという間に華奢な女性にしか見えない二人が、三十人の男を倒した。
「さあ!!そこに隠れてる奴も……」
遊花さんが近くの大きな木の方を見て何か言いかけたその時、雷が落ちた。
突然の閃光と轟音の後、静寂が訪れたそこには遊花さんと八摘さんが倒れていた。
空は快晴で、荒れる気配など無かったのに。
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