第36話 牡丹の少女

 煙を吐きながら停まっている汽車に乗り込む。

 

「マノンは汽車に乗るのは初めて?」


「はい!先生と先輩は乗ったことあるんですか?」


「あるわ。」


「私もある。トタに行くにはここが唯一の陸路だからな。」


 竜神山脈には一箇所だけ低い場所があり、そこに道が通っている。

 別のルートとなると、島の西から船で海に出て南側を回って東の港へ入る事になるのでひどく遠回りだ。

 鉄道ができてから物流も活発になって、ますますこのルートの重要性が増した。


「あ、あれが鉄道ができる前に使われていた道ですか?」


 線路に沿うように伸びている道では地元の人らしき中年男性が歩いていた。


「ああ、地元の人にとっては今も重要な道だよ。」


 車内販売のお弁当やお菓子を食べながら景色を見ていると徐々に町の様子が変わっていくのが分かった。


「トタ風の建物が増えてきましたね。」


「でももう少し行くと様子がガラッと変わるわよ。」


 先輩の言う通りだった。

 トタ様式の建築物が百パーセントになったかと思うと、いきなり丸い屋根を持つザクトガードのお屋敷が現れた。

 そのインパクトが薄れぬ内に馴染みのあるアルギンスの建物が目に入る。三つの国の特徴をあわせ持つ建物もある。


「なんでもありって感じですね。」


「ああ、ザクトガードが鉄道を作ったから魔族にも寛容でな。」


「彼らがいないと観光産業に影響がでますものね。」


 ザクトガードは魔族の国だ。

 魔族は人間と見た目は変わらないが魔力と寿命は人間の十倍近くあるという。

 アルギンスでは魔族にあまり良いイメージを持っていない人も多いが、ここでは違うのだろう。


 駅に着いた。別荘までは徒歩になる。

 建物と同じく歩いている人もトタ人とアルギンス人が混じっている。見た目ではわからないけどザクトガード人もいるんだと思う。


「今日はハロルドから借りた別荘に泊まるぞ。」


「校長先生の別荘?」


「忙しくて別荘に来ることができないが、祖父母の住んでいた思い出の家なので手放したくもないそうだ。貸し出して維持費を得ているんだと。」


「へぇ、子供時代の思い出が詰まった素敵な場所なんですね。」


 先輩がにこやかに言う。


「……まあな。」


 なんか言い淀んだ気が……?


 綺麗な建物と程よい緑に囲まれて歩いていくとその別荘が見えてきた。


 ……アルギンス様式の建物だ、当たり前だけど。

 いや、がっかりするほうがおかしいよね。

 トタの建物は明日になれば小平太さんの家で見られるんだから。

 少なくともわたしの実家よりずっと大きくて素敵なんだし。

 最近豪邸とか城とか見て贅沢になっちゃったかな?


 別荘には管理人のの老夫婦がいた。

 校長先生のご祖父母が生きていらしたころからここで働いていた人達だそうだ。


「まあまあ、クライヴさんお久しぶりです。こちらが生徒さん?かわいいお嬢さん達だこと。」 


 かわいいって意味が広くて便利な言葉だよね。明らかに顔のレベルが違うわたしと先輩を一緒に褒められるんだから。

 学都を出てからここに来るまで先輩と先生を見ている人が多くて二人は美形なんだって再認識させられた。

 今思うと学都の人達は二人を見慣れていたんだな。

 王都に行ったときはほとんど先輩の家の馬車で移動だったから視線を気にしなくてよかった。


「ゆっくりしていって下さい。名物の湖の魚料理を振る舞いますから。」


 部屋に案内されて鞄を置く。

 前に紐が切れてしまったローズクォーツの飾りはメアリーが直してくれたのでまた付けている。

 『民芸品の勉強になってちょうどいいわ』って。

 気に入っていたから助かった。

 別のにしたくなかったんだよね。


 さて、お昼はお弁当を食べたし夕食には早い。何をしようか?


「マノン、居る?」


 ノックの音がして先輩の声がした。


「居ます、どうぞ。」


「マノン、夕食まで時間があるし散歩にいかない?先生も誘って、ね。」


 先生を誘うと、断られた。


「管理人さんと少し話があるんだ。二人で行ってくるといい。」


 久しぶりに会ったみたいだし積もる話ってやつがあるのかも。

 ……管理人さん達、昔の先生の事を知っているかな?

 校長先生とは寮で六年間同じ部屋だったそうだけどどんな学生時代を過ごしたんだろう?

 

「せっかくだから、ザクトガードの建物を見に行きましょ。」


 先輩の言葉にぎょっとする。


「……え、魔族の人が居るんじゃないですか?」


 シーズンオフなら管理人だけかもしれないが今は持ち主が避暑に来ているかもしれない。


「道から眺めるだけなら平気よ。魔族だって他国で騒動を起こしたくはないでしょう。」


 ……そうかもしれない。

 魔族には恐ろしい伝説や噂がある。

 人間の町で暮らしていた頃は気に入らない相手を人知れず始末していたとか、アルギンスへの侵攻を計画してるとか。

 でも根拠の無い都市伝説レベルの話だ。

 そういうのを聞いてつい怖がってしまうけど、この町ではトタ人とのトラブルはほぼ無いという。


「これも勉強よ。マノンだって他の国の建物に興味があるんでしょう?顔に出てたわよ。」


「ええっ!本当ですか?」


「ええ、あなたって口数は少ないけど表情は豊かよね。」 


 アルギンス様式の大きなお屋敷のそばに来た時、黒い馬車がその前に止まって中から執事風の老人と着物の少女が出てきた。

 少女がわたし達に気づいてこちらを見た。


 ……か、可愛い……!!


 ハッとするほどの美少女だった。

 肩で切り揃えられた漆黒の髪。

 大きな黒い瞳、瞬きで風がおきそうな長いまつ毛。

 紅を塗っていなくても紅い唇。

 全体の可憐さを損なわない形の良い鼻。

 滑らかな象牙色の肌。


 老人が促して彼女はお屋敷に入って行った。

 歩き方も優雅だ……

 馬車はすぐに走り去る。


 なんだろう、いけないものを見たような気になってしまった。

 隠された庭で大切に育てられた大輪の牡丹を見つけたような……

 彼女の着物が牡丹柄だったからそう思うのかもしれないけど。


「……今の女の子、すっごい可愛かったわね!!」


 先輩が興奮している。


「先輩もそう思いますか!?」


 先生や先輩とは違うタイプの美貌だが、勝るとも劣らない。


「すごいものを見ましたね。」


「ええ、乗っていた馬車も小ぶりだけど漆塗りの高級品よ。貴人のお忍びって感じ。」 


「そうなんですね。」


 良家のご令嬢なんだろうな。気品があったし。

 しばらくは彼女の可愛い顔が、頭から離れなかった。



 



 

 

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