第37話 マノン、キレる

 木々に囲まれた小道を歩いてゆく。

 元は風よけとして、それぞれの建物の周りに植えられたものが成長して一つの森みたいになったんだとか。

 向かう先に森の上に飛び出た大きな丸屋根が見える。


「あれがこの辺で一番大きな別荘ね。鉄道会社の重役が持ち主だそうよ。」


「本当に大きいですね。」


 楽しく歩いていると、森から地味な色の着物の男が二人現れてわたし達の行く手を遮った。


「おい、この辺りで牡丹の着物の十二歳くらいの娘を見なかったか?」  


 小柄な方の男が尋ねてきたが、お世辞にも友好的とは言えない偉そうな言い方だ。

 もう一人の男の今にもわたし達に掴みかかれそうな距離も気になる。

 あの少女の事だと思うが、どう答えたら良いものか……


「いいえ、見ていないわ。」


 先輩が答えたので合わせる事にする。

 わたしは黙って先輩の言葉を肯定する為にコクコクと頷いた。


「隠しだてすると為にならんぞ。」


 一瞬で男の一人、大柄な方がわたしの背後に回り喉に刃物を押し当てた。

 先輩が顔を青くして固まる。

 ……想定外の事態だ。


「此奴の命が惜しくば本当の事を言うのだな。」


 小柄な方が先輩に正面から小刀を突きつける。


「言うから彼女を離して。」


「言ってみろ、離すかどうかはそれからだ。」 


「さっき大きな屋敷に入っていくのを見たわ。アルギンス様式の屋敷よ。」


「案内しろ。」


「刃物を突きつけられていては怖くて歩けないわ。」


「いいだろう。」


 小柄な男が小刀をしまう。


「だが、小さい方は案内が終わってからだ。」


 先輩は抗議したそうな顔で男達を見ていたが大人しく来た道を戻りだした。それについて行く。

 首元の刃物と肩を掴む手が不快だ。

 人質にするなら弱い方をって事でわたしを選んだんだろう。

  悔しいな……

 剣術を始めて日が浅いけど、この男達が何らかの武術経験者で、わたし達よりも強い事がなんとなく分かる。

 抵抗しても無駄だろう。


 それにしても何でこの男達はあの少女を探しているのだろう。

 前を歩く小柄な方を見ていると、気づいた。

 あれ?この人って……

 

「あなたは、あの女の子のなに?」


 振り向いた顔は男女の違いはあるけど、あの少女にとてもよく似ていて血縁関係にあると思われた。

 年齢もわたし達とそんなに離れていないように思える。


「兄だ、攫われた妹を探している。」


 物騒な話にぎょっとした。


「攫われたって……、こっちには警察っていうのがあるんですよね。知らせたんですか?」


 アルギンスの街の警備兵みたいなものだったはず。

 あれ?そういえばわたし達って確か……


「警察には任せられない。」


「何でです?」


「……」


 答えたくないのか。

 先輩がわたしを見ている、黙っていろと言いたいのだろう。


 危険な事をしている自覚はある、でも気になって言ってしまった。

 わたし、ときどき好奇心に負けてやらかすんだよね。

 昔、本で卵の殻は酢で溶けるって知って、家にあった全ての卵の殻を溶かしてしまった。

 あのときは父さんに怒られただけだったけど、今はそれでは済まないだろう。


 あの屋敷が見えてきた。

 よく見れば塀や柵の細かい所まで装飾があったり広い庭の手入れが行き届いていたり、周りと比べても豪華でお金がかかってそうな屋敷だ。

 

「あの屋敷よ。もういいでしょう?私達を解放して。」


 先輩の言葉に小柄な男は首を振った。


「おまえ達が嘘をついていないとは限らない、屋敷の中まで来てもらおう。」


 は?

 何言ってるのこの人!?

 冗談じゃない!!


「私達はこの屋敷とは関係ないわ!!」 


 先輩がほとんど悲鳴みたいな声を出す。

 誘拐犯が居るかもしれない屋敷にわたし達を連れて行くって、どういう思考回路してるのこの人!

 勝手が過ぎる!

 

「あの、あなた達もあの女の子もまだ未成年ですよね。ご両親には連絡したんですか?」


 イライラを抑えながら訊いてみる。

 トタの成人は二十歳だが、彼らはそれに達していないように見える。


「親は関係ない!」


 はあ?

 妹が誘拐されて親に知らせないってどういう状況よ!


「頼りにならない親なんですか?」


「父は立派な人だ!」


「やめて!落ち着いて!」


 先輩が叫ぶが、わたしは冷静ではなかった。

 さっきまで感じていた恐怖を食らって怒りが急成長する。

 いきなり刃物でわたし達を脅して連れ回し、大人しくしてれば屋敷の中まで来いだ?

 ふざけるな!


「そもそも、妹さんの事はわたし達には何にも関係ないですよね。ただ彼女を見かけただけですもの。警察も親も頼れない事情ってなんです?後ろめたい事でもあるんですか?」


 落ち着いて言ったつもりの言葉は馬鹿にしたような響きを伴っていた。


「……この……!」


 小柄な男が小刀を掴んで近づいて来る。


「待て!ひいらぎ!」


 大柄な男が制止するが止まらない。

 頭が一気に冷えた。

 やばい……!


「そこまでだ!!」


 聞き覚えの無い別の男の声がして、小柄な男は青ざめて立ち止まった。


「ち、ちちう……」


 ボグゥ!!


 いきなり現れた男が小柄な男を殴った。

 回転しながら倒れていく小柄な男。

 わたしの方を見たその男は細身ながら威厳のあるかなりのイケオジだった。

 

「竹彦、そのお嬢さんを離しなさい。」


「は、はい!」


 わたしに向けられていた刃物が鞘に納められ肩から手が離れる。


 ドオッ!!


 一瞬で大柄な男が吹っ飛ばされた。

 ガバっと吹っ飛ばした方の男が森に向かって土下座した。


「この者等には相応の罰を与える!剣を納めてくれ、クライヴ殿!!」


 森の中から先生とシャーリーンさんが現れた。

 これ、どういう事?


 

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