第56話 石喰みの反撃 ※
男の向こう、マノンが移動するのが見えた。
違う、そっちじゃない!!
今の内に、見えない所まで逃げろ!!
脚に絡みついた魔道具のせいで、体に力が入らない。
声を出すわけにはいかない、マノンの事を知られるわけには……
「それで石喰みはどうやって運ぶ気だ?」
「そこに木箱があるだろう。そいつに入れて果物に偽装するのさ。」
男はペラペラと訊いた事に答える。
不利な状況を覆して興奮している様子だ。
姉はマノンに気づかれないよう、男に話しかけ続ける。
遊花さん達は全く動かない。
まさか、遊花さんがあの人だとは……
彼女の魔術が解けた今、はっきり思い出せる。
マノンは結界に近づいていく。
木に隠れているつもりのようだが、男が振り返ったらすぐバレる。
結界のオーブを引き抜き始めたが苦戦しているようだ。
ああ、そんな事はいいから逃げてくれ!!
マノンに何かあったら、私は自分を絶対に許せない。
それに、あの子になんと言って謝ればいいのだ。
姉は、ひたすら男に話しかけている。
姉も私もこんな事になるとは思わなかった。
こちらの方が安全だと思ってマノンを連れて来たのに……
「その北の町の狂魔術師とは何者だ。」
「魔導師、な。
イカれた魔動装置を作る、まァ社会不適合者なんだろうな。
ボロ小屋に住んで、夜は酒場で飲み勝負をふっかけてるジジイさ。」
パシュン!
軽い音をたて、結界が消えた。
マノンは、オーブを持って尻もちをついている。
「なんだ?」
男が振り返る。
もう駄目だ、気づかれる。
「っ結界が!?あのガキ!」
男がマノンへと近づいていく。
心臓が押し潰されそうな恐怖を感じた時、遊花さんが動いた。
倒れたまま腕を上げ、拳を思いっきり地面に叩きつけた。
青い光が波紋のように彼女から広がってゆく。
魔術でも魔法でもないただの魔力、だがおそろしく密度が高い。
それに触れたとたん、脚に絡まった魔道具が砂のように崩れた。
ザクロの時と一緒だ!!
吸収しきれない量の魔力で魔道具を壊した!!
自由になった私は、マノンと男の間に滑り込み剣を構える。
一瞬先に飛び出した姉が、マノンを庇おうと抱きしめている前に、だ。
男が私達に気づいて動きが止まる、そこで顎に一発入れてやった。
今、剣は刃先を丸めているから殴っただけだ。
後で全て吐いてもらわねばならない。
後ろに吹っ飛んだ男は、それでもすぐに起き上がった。
なかなかタフだ。
だが、さらなる敵が奴を待ち構えていた。
拘束の解けた石喰み達が、男を取り囲んでいた。
それを見た男の顔が引きつる。
「いっけー!!」
「やっつけろー!!」
水晶丸とザクロが叫んだ。
石喰み達が一斉に男に襲いかかった。
それは肉食の魚が、獲物を食う様に似ていた。
「ギ、ギャアアアア!!!!」
石喰み達に隠れて姿は見えないが、この世のものとは思えぬ叫び声が聴こえてきた。
さっきとは別の恐怖を感じる。
呆然としていた我々の中で、最初に我に返ったのは遊花さんだった。
「スッ!
ストップ、ストップー!!!
そいつ、もう戦意喪失してるからー!!!!」
石喰み達が離れた後には、ボロ布と化した服を体の所々に引っ掛けた男が気を失っていた。
全身傷だらけで見ているだけで、こっちが痛い。
「ぷはっ!!」
マノンが姉の腕から顔を出した。
苦しかったらしい。
男を見て一言。
「……これ、先生達に倒された方がマシでしたよね。」
何をのんきな。
私達がどれだけ心配したと思っているのだ。
言いたい事は色々あったのだが……
「違いない。」
「本当だね。」
そう言って笑いあった。
「おっ。やっと来たみたいだ。」
遊花さんの見る方に目をやると、ザクトガード兵達がこちらに向かってきていた。
「これは一体どういう状況です!?」
兵士達の顔には困惑が浮かんでいる。
「倒れているのは密猟者、あっちに未確認の魔動装置が落ちてる。
全部回収して。」
兵士達が後始末をしている。
それを私達は、ただぼんやりと眺めていた。
姉は、マノンを抱きしめたまま離さない。
ずっと膝に乗せている。
怖かったのだろう、私もだ。
私はその隣に座って、気持ちを落ち着かせる事にした。
あれこれ指示する遊花さんと八摘さんを眺める。
「姉さん、私は遊花さんに会った事があります。
その時は夢作と名乗っていましたが……」
「お忍びが好きな人みたいだからね。
魔術で忘れさせられたんだろ?
彼女と知り合いだと、色々と危険だからな。
彼女なりの配慮だよ。」
「何者なのですか?」
「すぐに説明してくれる。待っていよう。」
姉は何か知っていそうだが、今は言うつもりは無いらしい。
「先生、クランヴェーネさん。
遊花さんなんですけど、あんな顔でしたか?」
マノンが首を傾げている。
特徴の無い年齢不詳の人物に見えていた遊花さんが今は、人間ならば十七歳ぐらいの可愛らしい女性に見える。
荒神村の村長の娘、李花さんによく似ている。
姉が、マノンに笑顔を向ける。
話しかけられたのが嬉しいらしい。
「魔術で特徴が認識できないようにしていたんだ。
記憶に残らないようにね。
今は魔術を解いている。」
「じゃあ、あれが本当の姿なんですか?」
「そういう事。」
「……あの、そろそろ一人で座りたいんですが。」
「マノンは目を離すと色々しでかすから、駄目。」
マノンは助けを求めるように私を見た。
「同意見だ。
今は、そうしておけ。」
農業向いてないから魔術学校入ったんだけど大変な事に巻きこまれてる むろむ @muromu-k
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