果てない旅路の死なない屍人~溺愛のだんな様はネクロマンサー

山田あとり

魔法使いなんていない

第1話 お伽話じゃない終わり


 これがお伽話とぎばなしなら。

 めでたしめでたし。で、終わっていたのだろうに。



 * * *



「リズさまと王都に行けるなんて夢みたいです。私でいいんでしょうか」

「ライラ以外に誰を連れて行くの」


 私は男爵令嬢らしく微笑んだ。馬車の中にはウィンリー子爵家からの使者が同乗していたから。

 取りつくろった会話はつまらないし、気が抜けなくて疲れる。でもいきなり本性は出せないわよね。この人、なかなか男前だし。


「奥さま――と言うのは早いですね。エリザベスさまはの愛称で呼ばれておいでなのですか?」

「あら」


 困ったように小首をかしげてみせたりして。あざといかな。


「ライラのこと、くだけすぎだと思わないでちょうだいね」

「とんでもございません」

「私のいちばんの仲良しなのよ」


 それは事実。しょせん私は男爵家の養女にすぎないから、敬意を払ってくる使用人はいなかった。ライラだけが私の味方だった。

 ライラは美人で愛嬌があって、そのせいで男爵家の本当の娘たちにいじめられたのよ。ライラの味方も私だけだった。


「使用人にもお優しい。お心の広い奥方さまを迎えられて当家も安心です」


 カークというこの男も使用人の立場。柔らかな笑顔でライラに笑いかける。いいんじゃない?

 あちらでライラの嫁入り先も見つけてやりたいんだけど、この人独身かなあ。



 これは私、エリザベス・クロウニーが婚約者のもとへ向かう、嫁入りの旅。

 王都のウィンリー子爵家に行き、そこで一ヶ月ほど婚約者として過ごしてから正式に結婚するの。お相手は結婚後すぐ、爵位を継ぐことになっている。もちろん本人と私の面識なんてないんだけどね。

 この話は当代ウィンリー子爵とクロウニー男爵――私の養父が決めたものだから。




 私はクロウニー男爵家の傍流に生まれた。

 といっても貴族なのは男爵だけで、うちは平民。祖父が男爵家の三男だか四男だかだったそう。

 父は公証人として働いていたし、女中と下男が一人ずついるけれど裏庭には家庭菜園がある、そんな家だった。


 私が十歳の頃、流行り病で両親が亡くなった。そしたら何故か男爵の養女にされた。

 ――連れて行かれた館で顔を合わせた男爵夫妻は値踏みする目だった。


「そこそこ愛らしい子だ。緑の瞳がいいし栗色の髪にツヤがある」

「淑女としての教育を受けさせてあげるから感謝なさい」

「ウチの娘として恥にならんようにな」


 本当の娘たちは病弱だとかで、遠くに嫁に出すのがかわいそうなんですって。遠縁の私を代わりの手駒にするらしい。


 仕方ないので言うとおりにした。

 貴族のお姫さまとして、王子さまにお嫁にいくために頑張ればいいんでしょ。


 私は作法を身につけ、教養も学んだ。

 学んでみれば、養父は田舎領主で男爵というのは貴族の中でも下位だとわかった。


 魔法なんてこの世にはない。

 私をお伽話のお姫さまにしてくれる魔法使いは現れないんだ。そう思い知った。




 馬車に揺られながら、使者のカークはにこやかだった。


「エリザベスさまは草花がお好きだとうかがいました」

「ええ、そうね。私はずっとカントリーハウス領地育ちで、華やかなことはあまり」

「いえ、可憐な花に心を向けられるお方だからこそ、私どもにもお優しいのだと拝察します」


 草花ねえ。好きだけど、たぶん意味合いが違うんだわ。


 政略結婚の道具として私を育てたくせに、養父はなかなか婚約をまとめなかった。

 必死で良い話を選別していたのでしょうね。おかげで私はもう二十歳。かず後家になるかと思ったじゃない。

 そんな場合にそなえて自活の道も考えた。

 役立たずだと邸を追い出されたら、王都に行って成り上がり商人の子女の家庭教師になろうかな、とか。

 クロウニー男爵領は田舎――ゴホン、自然豊かだから薬草の勉強もした。上流階級向けの化粧クリームとか作って売れないかと。

 たくましい? だって人生の半分は平民だったんだもの。素が庶民的なのは変えられないわよ。


王都の子爵家タウンハウスの庭はあまり広くないのですが、お好みの花を植えて楽しめるように庭師が張り切っております」

「まあ嬉しい。そんなはからいをしていただけるなんて」


 夫になる人は気づかいがある男みたいね。

 でも私が好きなのは花を愛でることではなく、刈り取って干したり煮たりする方。なんなら根っこまで掘り返しちゃうんだけど、婚家でやっちゃ駄目かしらねえ。


 そんな他愛もない会話をポツポツしながら領地を抜けた頃合いのこと。

 突然馬がいなないて、馬車がガクンと揺れた。


「なッ――!」

「きゃっ! リズさま!」


 私とライラは抱き合って体を支えた。すぐに馬車が急停止し、私たちは座席からつんのめる。向かいのカークが二人まとめて受けとめてくれた。


「失礼を! いったい何が――」


 私を座席に押し戻したカークが馭者台との間の小窓を振り向いた時、外から馬車の扉が開けられた。


「え」


 外套とフードで人相はわからない。

 賊か、と思った瞬間、ドン、と重い音がして胸に焼けつく痛みをおぼえた。


「カ、ハッ――!」

「リズさま!」


 ライラの絶望的な悲鳴が聞こえた。賊は棒のような何かを持って――銃?

 口から血の泡がこぼれる。あ、これ死ぬんじゃ。

 胸を撃たれた私は為すすべなく倒れ込んだ。


 ――ああ。

 これからお嫁に行き、末永く幸せに、てところだったのに。

 私の人生、やっぱりお伽話にはならないんだってば。


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