第24話 助手は探偵に指図する


 例によって私とアリステアの密談は、夜眠る前の私の部屋。仲良く睦言をささやき合うと見せかけて、業務連絡のお時間です。

 ハリソンさんの用事というのは、ウィンリー子爵家への嫌がらせが多発していたという報告だったそう。


「多発?」

「ああ。子爵は巡察隊に報告も捜査要請もしていなかった」


 それは外聞をはばかってだろう。

 以前からちょくちょくあったのだとか。届いた荷物が切り裂かれていたり、塀を越えてゴミや動物の死体が投げ込まれたり。


「何それ、嫌だわ」

「だが直接の脅威にはならない。人的被害が出たわけじゃないからね、使用人に口止めして済ませていたようだ。きみが殺される前からあったらしいよ」

「……根深い恨みがあったのね」


 そこで捜査が入っていれば、私は死ななかったかもしれない。クソ見栄っぱり子爵め。

 それが今になって発覚したのは、門の近くの表通りに野良犬の死体が置かれていたからだとか。


「近く? 門の前だと見とがめられるってことかしら」

「門番がいるからね。あと、その犬はちょっと損傷した状態で、血とか……周辺に。それはその場でやったのかと」

「ああ……」


 アリステアはみなまで言わない。まあ……まあ、わかるわ。かわいそうに。

 そんな手段に出たのは、あまりに隠ぺいされて犯人がしびれを切らしたということか。

 嫁が殺されただけじゃ子爵の名前にはあまり傷がつかなくて、家族も使用人もとりあえず知らん顔で、効果がわからなかった。それで人の口にのぼるようにしたのね。


「子爵夫人はかなり参っているようだね」

「あら」

「そりゃあご婦人としては。ほぼ無関係だった嫁が殺されれば、次は自分かという気にもなるだろうし」

「ほんと、私めちゃくちゃ迷惑だったんですけど」

「かわいそうにエルシー」


 そっと私を抱き寄せるアリステアだけど、声色はぜんぜんそう思ってなさそう。だってそのおかげで私を手に入れられたと公言されてますし。いいんだけどさ。


「ウィンリー子爵が魔女に深く関わっているようだとハリソンにも伝えておいたんだ。そしたらこれだろう。嫌がらせもエリザベス嬢の殺害も、魔女関係の仲間割れや恨みによる犯行の可能性を念頭に捜査すると言っていた」

「あ、捜査そのものは続いてるのか」

「そりゃ死亡確定しても貴族の娘のことだから」

「……平民なら打ち切りかしら」


 十歳までは平民だったのよ、私。いのちの重さに差があるなんて嫌なことね。ため息をつく私の髪をなでながらアリステアはなだめにかかる。


「貴族だからこそ、そんな脅迫にもあう。夫人はろくに外出もできなくなっているそうだし、娘たちも同様。子爵と息子も険悪だそうだ」

「息子? なんで?」


 それは――私が嫁ぐ予定だった人のことかしら。肩を抱かれながら見上げた私にアリステアは複雑な顔だった。


「元婚約者殿はまともな男だね。セオドア・ウィンリー。魔女に傾倒する父親を非難していて、家の実権を早く握りたがっているようだ。きみとの結婚に乗り気だったのは本人だそうだし、話がつぶれて落胆していたらしい」

「……そう。結婚したら爵位を継ぐことになってたから」


 理由はどうあれ、私の死を悼んでくれたのか。

 私に花壇をと気をつかってくれたと聞いたわ。姿絵はそこそこ格好よかった。そうかあ、ちゃんとした人だったのね。


「エルシー」


 想いに沈んだ私にかけたアリステアの声は寂しそう。しょうがないわね、今さらそっちに嫁ぎたかったなんて言わないってば。私は顔を上げ、なるべく元気な声を出した。


「ねえ、子爵家の中の人たちに直接聞き取りとかしたの?」

「――ごく一部なら。表の商店に出かけるような下男ぐらいだな。どうしてだい?」

「内部犯行ってことはない? 荷物が切り裂かれていたって……届いた後にやったのかもしれないじゃない」

「そうだね……ゴミも何も、塀の近くに中から置きに行けばいいことだ」


 アリステアはふーむと考え込んだ。

 外の関係先についてはハリソンさんたち巡察隊も調べられるでしょうけど、中となると難しい。使用人を個別に呼び出して尋問するなんて許してもらえるかどうか。

 内部犯となると子爵家のメンツに関わる問題だわ。許可されないならこっそり調べるのが早い。


「あなたなら、できる?」

「また無茶を言うね。そんなことがあって今の子爵家はピリピリしている。私が入り込むのは難しいな」

「――じゃあ私なら?」


 言ってみたらアリステアは目をむいた。呆れ返った顔を片手でおおい、ため息までつく。ひどいわね、ちょっと思いついただけなのに。


「エルシー……」

「だって、女の方が警戒されないでしょ。臨時のメイドとか募集はないかしら。それとも日用品や食材のお届けとかでもいいわ」

「何がいいのやら、私には理解できないよ。このじゃじゃ馬が」


 アリステアはこの上なく冷たい目をしてみせた。


「潜入捜査がしたいとか――まったく、きみみたいのが子爵夫人になるはずだったなんて」

「そうなれば、仕方ないから猫かぶろうと思ってたわ」


 でも今はなんだし、アリステア相手ならいいでしょ?


「ね、そのセンでできないか考えてみてよ」

「――我がままな死体だね、きみは」


 アリステアがうめくなんて、この時に初めて聞いたのよ。ふふ。


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