幕間 王国議会前

ジョン・ダンタス


 ベリントン中心部に近いが喧騒とは離れた場所。重厚な石造りの建物である議場を出る私の足取りは軽快だ。そうすることにより健康で精力的だと思わせなければならない。

 庶民院議員ジョン・ダンタスとしてあなどられるわけにはいかないからだ。

 私ももう五十代。二十年近くも連続当選を果たしてきて、保守派の中でもそれなりの重みを持つ身なのだ。


 初夏といえどもベリントンは暑くなることがない。今日はむしろ、どんよりした空に吹く風がひやりと冷たいほどだった。私は顔見知りの警備兵などにも気さくに会釈して自分の馬車に向かった。

 夏前後の議会開会中、各地の貴族や領地持ちジェントリたちはベリントンに集まる。タウンハウスでの社交も活発だ。今夜も一件、招かれたパーティーがある。


「面倒なことだな……」


 私は大学の学閥を基盤として議席を維持している。華やかな席などより、知識人と建設的な意見を交わしたいものだ。


「待たせた。真っ直ぐ帰ってくれ」


 馬車寄せでうちの馭者を見つけ、さっさと扉に手をかける。すると馭者が戸惑った顔で止めた。


「あ、だんな様。中にカーヴェル様が」

「――そうか」


 とたんに胸の内にもどんよりと重苦しさが垂れ込めた。

 あの男か。なんの用だ。

 扉を開けると、軽く若い声がした。


「――やあ、ジョン。お邪魔しているよ」


 私は憮然としていたと思う。無言で乗り込み、ドカリと座った。馬車が走り出す。

 斜め向かいで脚を組むアリステア・カーヴェルは、微笑みを浮かべる優男だ。だが私は苦虫を噛み潰したように嫌々口を開いた。


「ごきげんよう、ミスター・カーヴェル」

「うん、機嫌はまあまあだね」


 別に貴様の機嫌などどうでもいい。ただの挨拶だ。

 私は温厚な人間でありたいと考えているが、このカーヴェルのヘラヘラした笑顔には苛立ちが抑えきれなかった。


「何か、御用ですかな」

「お礼をね。先日はミドルトンのパーティーに招待状を都合してくれてありがとう」

「……それぐらいなら」

「だがきみは保守派。あちらは改革派急先鋒だから」

「私の人脈を見くびらないで下さいよ。中立派にも顔はきく」


 むっつりと言い捨てるのを気にも掛けず、カーヴェルは薄ら笑いだ。この男はいつもいつも物事の説明を省く秘密主義者。ほとんど嫌がらせの気分で尋ねてみた。


「何故ミドルトンの?」

「詮索はナシだよ」


 やはり意味ありげに微笑んで唇に指を当てるだけ。言われなくても貴様のような男のこと、口外はしない。

 だがカーヴェルはクックッと笑って言葉を続けた。


「きみはの噂は知っているかい」

「――まあ、話だけは」

「関わってはいないね?」

「あんな面妖でいかがわしいもの」


 吐き捨てると、さらに楽しげにされる。


「いいねえ、ジョンは。それでいい。あんなものとは距離を置きたまえ」

「――ミドルトンや改革派が、そちらと?」

「まあそのうち、きみにもまた少し協力してもらうかもしれないな。彼らのたくらむことも結局は私利私欲だからね。改革していいものと残すものと、こちらで決めさせてもらいたいところだ」


 若々しい声でのたまうのは傲岸不遜とも思える内容だった。

 魔女と呼ばれる一派があるとは聞いている。闇の儀式の内容として生け贄だの性的な何かしらだのと耳に入り、虫酸が走った。そんなものに頼り政治を左右する連中がいるとは嘆かわしい。

 カーヴェルは明言しないが、それらを潰そうというのなら協力ぐらいする。


「――何か、できることがあるのなら」

「ああ、また連絡するかもしれない。さてこの辺で降ろしてくれるかな」


 繁華な街角で馬車を停めさせると、カーヴェルはフラりと降りていった。私の吐息は知らず震えた。


「――化け物め」


 うっかりつぶやき、ハッとなって車内を見回す。

 大丈夫、誰にも聞かれるはずはない。だが冷や汗をかいていた。


 魔女をどうこうなど、貴様が言うのか。

 貴様の方がよほど。


 その言葉は胸におさめ、無表情をよそおった。

 ただ一人の馬車にあっても、あの男に関しては怖れがぬぐえない。本当にいまいましい。

 だが仕方ない。

 それがダンタス家が負うものだから。


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