私にとってあなたは

第25話 子爵邸、潜入


 アリステアはなんとなく不機嫌だ。でも私はウッキウキ。


「まさか、本当に邸に入り込めるとは思わなかったわ。さすがねステア」

「――私は頼りになるんだよ」

「うん、すごいすごい」


 雑にほめたら険しい目でにらまれた。私は素知らぬ顔で、今日の引率役ブロージャーさんのところに行く。


「ご無理をお願いしてすみません」

「いいええ! カーヴェル様にはごひいきにしていただいてますもの」


 ブロージャーさんってあれよ、仕立屋のホガードさんの店の従業員。女性客のケンカもすっぱりさばいていた人ね。

 私はその部下としてウィンリー子爵家に御用聞きにうかがうことになった。子爵夫人もご令嬢もこれまではお店にいらしてたのに、呼びつけられたんですって。

 家に不穏な事件続きで外に出るのが怖いのね。私みたいに馬車が襲われないとも限らないし。引きこもるのも無理はないか。


「ウィンリー子爵さまの方が、うちよりもよっぽどお得意さまじゃありませんか?」

「まあ、お取引はそれなりにいただいておりますわねえ」


 ふふ、とブロージャーさんは自信ありげな笑みを浮かべる。


「ですけど、恋のお手伝いとあらば、それはもう」

「うふふ、ありがとうございます」


 子爵家には十六歳の末娘がいる。私の友人の弟が彼女と恋をしているのだけど、貴族ではないので反対されていて、取り次いでもらえない手紙を直接渡したいというのが私が潜入する理由。

 もちろん嘘っぱちね。そんな友人はいないわよ。

 カレン・ミドルトン嬢の顛末から思いついたのだけど、その話はブロージャーさんの耳に入っていないだろうし、似た設定でも大丈夫。


「それにしてもミセス・カーヴェル、眼鏡がお似合いですわ」

「お邸の方々は私のことなんてご存じないとは思いますが、念のため。これ、別人みたいになれて楽しいです」


 私の姿絵は子爵家に渡っている。使用人はそんなもの見ていないでしょうけど、ご家族はね。誰が私の顔を把握しているかわからない――最低でも夫人ぐらいは嫁に来る女の絵を見てるでしょう?

 だから、少し変装したの。

 眼鏡をかけて、眉をりりしく描いて。飾りの少ない服で髪をひっつめ――我ながら働く女性っぽくなったわ。ご令嬢風に優雅な絵が送られているだろうから、印象はずいぶん違ってるはず。


「お邸の中では、こき使って下さいね」

「はい、そうさせていただきますわ。ええと、エルシー?」


 私たちは吹き出し合った。

 服飾の専門的なことはわからないけれど、私も最近は客として仕事を見ている。

 私がしてもらったこと、店員さんたちがしていたことを真似て、邪魔にならないようにしていればいいんですって。なんなら末娘さんのお話し相手をしていてほしいと。そんなことならお手のものよ、これでも貴族に嫁ぐ身だったんだから。



 眼鏡をかけた仕立屋店員見習い、職業婦人エルシーとして私は意気揚々とウィンリー子爵家にお邪魔した。

 アリステアも店員として服地を運んだりして邸に入る。でもご婦人方の採寸だのなんだのには男性従業員は立ち会わないので、その間に控室で使用人の方を探ってもらうことにした。私と離れていなくちゃならないのがすっごく不満そうだったけど、知らん顔で放っておく。


「――ああもう! 気晴らしに買い物をと思って来てもらったけれど、これを着て外出するのはいつになるのかしら」


 作業を始めてすぐ、すっかり気が滅入ったように子爵夫人がため息をついたわ。私のことなんて見やしない。

 キリキリと、苛立った顔。この人がオシュウトメになるところだったのかあ。あまり嬉しくないかも。


「外出なさらなくても、華やかに装ってお茶会でもなさればよろしいですわ」

「あら、そうねえ。わたくしのお友だちを呼ぶぐらいならいいですものね」

「ガーデンアフタヌーンティーなんて素敵ですわよ。あら、そうしたら帽子もめいっぱい飾らないといけませんわ」


 まーたブロージャーさんたちが営業をかけていて、笑いそうになった。

 私はその後ろでクルクルと生地を広げたりレースを並べたり。そして末娘さんのところにリボンをいくつも持っていき、話しかけてみた。私をチラリとしてもなんとも思ってなさそう。よかった、面は割れていないみたい。


「あまり外出をされていないということですので、お部屋での気分転換に新しいリボンなどいかがでしょう?」

「ああ、そうね。でも髪に飾るリボンは自分では見えなくてつまらないわ」


 おっと鋭いわね。だけどそこは気をつかって話に乗るものじゃない? そんなんじゃ嫁入り先で苦労するゾ。


「お嬢さまがお綺麗にしていらっしゃると、お邸の皆さまの心が浮き立つものですわ」

「そうかしら? みんなしてピリピリしていて、もう嫌になっちゃうのよ」

「まあそれは、おかわいそうに」


 ふーん、本当に使用人たちまで参ってるのか。別にゴミを投げ込まれたって掃除すればいいだけ、なんて言ったらキレられるかしらね。


「周りの方が神経質になっていると、お嬢さまもつらいことですね」

「ほんとよ。具合が悪いとかで辞めていくメイドもいるし」


 そこで末娘さんは声をひそめた。


「そういうの、けっこう前からなんだけど。死んじゃった者もいるらしいのよ」


 え。それは――ちょっと、不穏な話がでてきたんじゃない?

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