第23話 歳の差婚?
「いらっしゃいませ、ハリソンさん」
「これは奥さん、アリーの留守に申し訳ない」
玄関ホール脇の応接間にうかがうと、ハリソンさんはすばやく立ち上がった。ガバッと頭を下げられて、私はなるべくたおやかに微笑む。
「あの人も遅くはならないと思います。今、お茶を用意させていますから」
「いやあ、おかまいなく」
あらためて勧めた椅子にドカリと腰かける表情はそんなに険しいわけでもない。なんの用かしらね。
相変わらずのこわもて。ガッシリした体が椅子におさまり悪そうだ。これまでに会ったのは二回とも屋外だったし、こうして向かい合うのは初めてだわ。
「あの、ステアが調べ事をお手伝いしているのだとか」
「おおっとアリーめ、そんなことを漏らしましたか」
「どんなお知り合いなのかと私が訊いたからです。仕事の中身は詳しく教えてもらえませんでしたけど」
うっそー。魔女の件に関してはそれなりに聞かされてるわ。
だけどハリソンさんには仕事上の守秘義務があるだろうし、ホイホイと妻に内容が伝わるようじゃ今後に差し障るでしょう。知らんぷりを決め込むことにする。
「今日もお仕事のお話ですか?」
「はあ、まあ。奥さんの耳に入れるようなことではありません」
あらやっぱりガードが固いわね。この人、荒っぽい話は私にしてくれなそうだもんなあ。
「巡察隊のお仕事なのですよね。隊が作られてからベリントンの治安がとてもよくなったのだとうかがいました」
「そうですな」
さりげなく尊敬をにじませると、謙遜とかはせずに力強くうなずかれた。
昔は本当に物騒だったらしいのよ。盗みも殺しも当たり前。工場労働者として農村から人が流入し、仕事にあぶれた人々は犯罪に走るしかなかったそう。それを取り締まったのが巡察隊ね。
「おかげで安心して暮らせます」
「まあ、ここらは安全な地区です。だが奥さんお一人の外出は控えた方がいい」
「あら、そうですか?」
「アリーが気をもみますからな」
わっはっはと笑うのはハリソンさん流の冗談だったのか。アリステアが過保護なのが面白いのね。私は恥ずかしがってうつむいてみせた。
「倒れたりしません。もう元気ですもの」
「……本当によかった。アリーは世の中を
しみじみと友人の幸せを喜んでくれるハリソンさんはいい人だわ。私のことも優しい目でながめているのがわかって嬉しい。
でもアリステア本人は私で遊んでばかりなのよね。私はちょっと愚痴ってみる。
「でもあの人は私をからかってばかりなんですよ。私――そばにいられない時間が多かったので、ステアのことをわかっているのか不安で」
「なんと。アリーが奥さんを想っているのは間違いないですから、不安なんて言ったら悲しむでしょう。この間も何年越しの恋だったんだと笑ってやりました」
「いやだ、そんな」
「鋭くにらまれましたよ――ううむ、てことは実はずいぶん歳の差があるんですな。まあ奴は若く見えるんで、そう思えませんが。最初に会った時からまったく老ける様子がない。うらやましい限りです」
そう言ってハリソンさんは眉間にきざまれつつあるシワを指で伸ばした。
……私とアリステアに歳の差? 四歳しかないと思っていたけど。
「――ハリソンさんとステアは長いお知り合いなのですか」
「ううむ、かれこれ六、七年ですかなあ」
あごをなでながら言われて私は固まった。どういうこと?
うろたえていたらちょうどよくノックがあり、メラニーがお茶を持って入ってくる。
「奥さま、だんな様がお戻りです」
「あ、あらそう。じゃあお仕事のお話がおありでしょうから私はこれで」
平然をよそおって会釈し、部屋を出る。玄関ホールで帽子や上着を脱いでいたアリステアが私に気づきムスッとした。
「ただいま。ハリソンが来てるんだって? きみが相手なんてしてなくてよかったのに」
「おかえりなさい――そういうわけにもいかないでしょう」
近づいて頬にキスされる。ごく自然に私の背に手を回し、すっぽり包んだアリステアはそこでやっと微笑んだ。
「きみと二人で話すなんて生意気だよ」
「ステアの友人で、お仕事の相手だもの。ないがしろにしたりできないわ。さ、早く行ってさしあげて」
名残惜しげなアリステアをスルリとかわし、私は自室に引っ込んだ。
――アリステアは二十四歳なのだと思っていた。で、ハリソンさんと七年の付き合いだとすると、出会いは十七歳の時。それからあまり変わらない、と。
えーと、あの青年の見た目とふてぶてしさが十七歳からってことはないでしょ。
ということは、よ。
年齢詐称疑惑が発生するわね。アリステアってハリソンさんと変わらない三十歳ぐらいなんじゃ。
なんでそんなこと。私と歳の差があるのを気にしてるのかなあ。
若い娘に手を出すヒヒ爺みたいに思ったりしないのに。そういうのは親子以上に離れた後妻をもらった場合に陰口叩かれるやつよ。
アリステアは実際の見た目が若々しいんだし、別に問題ないわよね。
「……まーったくステアったら。わけわかんないわ」
ちょっと歳上だからって嫌いになったりしないわよ。あなたはあなたじゃないの。
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