第22話 だんな様の過去


 私の殺害事件と魔女。その二つがつながったかもしれない。

 つなげたのはウィンリー子爵。私の舅になる予定だった人ね。貴族院議員で政治傾向は改革派、そしてに傾倒して闇の儀式に深く関わっているらしい。


「そんな家に嫁がずにすんでよかった……」


 私はつい独りごちた。

 日の差す明るい窓辺、居間のソファでのんびりいただくお茶は最高ね。

 メラニーが焼いたスコーンにジャムとクリームを添えてもらって、優雅なひとときよ。だって、アリステアは出かけているし。まとわりつかれなくていいわあ。


「あら奥さま、ほかに縁談があったんですか?」


 聞きつけたメラニーが驚いた顔になる。私はクスクス笑った。


「そりゃあね」

「そんなの聞いたら、だんな様が悲しまれますよ」

「だいじょうぶ。ステアも知っている話なの」

「ならいいですけど。そちらを蹴って、だんな様に嫁いだんですね」


 うーん。私が選んだんじゃなく、そうするしかなかっただけなんだけど。まあ今は安穏だし結果オーライよ。


 ウィンリー子爵が関わった儀式での人死に――それはもう生け贄と言っていいと思う。

 そんな事件を探ってちょうだいと私がお願いしたらアリステアはさっそく動いてくれた。なんだかいいわね、指示を出してやらせるっていうのも。ふっふっふ。

 どうやって調べるのかは、アリステアにお任せ。だって教えてくれないし。魔女ディー――「月」の大元であるオカルト研究会につながりがあるみたいだし、そっちの方面から探りを入れるのだと思う。

 ただ、その関係者たちがみんな魔女に取り込まれているのだとしたら危険なのよね。


「危ないことはしないでよ」

「しないよ。これからもきみと一緒にいたいから」

「……なんでも愛のささやきに変換する能力は一級品よね」


 そんなの下手でもいいのに。常に言われてちゃ興ざめよ。


「――ねえメラニー、ジャックとのお付き合いは長いの?」

「あら奥さま、そんな話」

「だってとっても仲良しでしょう。その秘訣はなあに?」


 メラニーはホホホと笑った。私がアリステアと長続きさせたいみたいに聞こえたらしい。まあ離れたら生きていられるのかわからない私の立場からすると、続けなきゃいけないのはその通りだしね。


「秘訣なんてありません。私たちはそういうものなんですから」

「……なんの参考にもならない見解だったわ」


 私が吹き出すとメラニーは申し訳なさそうにした。


「だってそうとしかねえ――子どもたちが死んだ時には、さすがに険悪になったりしましたけど」

「え――」

「ああ、そうなんです。子どもらをね、食中毒で亡くしたんですよ」

「ごめんなさい、つらいことを」

「いいえ」


 ちょっとだけ悲しそうだけどメラニーは微笑む。もう吹っ切れたという顔。

 ミルクの中毒だったそうだ。そういえば町ではそんな事件がたまに起きると聞いたことあるわね。

 都市には家畜なんていないから、搾りたてのミルクは手に入らない。町に運ばれるまでに腐ってしまったり、水を混ぜてかさ増ししたり、与えた牧草が人にとっての毒を含んでいたり。品質に問題があることも多いんですって。

 体にいいと思って飲ませていたミルクで子どもを死なせたなんて、自分を責めるし夫婦で喧嘩になるのもわかるわ。


「その時に、だんな様と会いまして。悪質な業者の摘発とか品質管理の法律を作るとかに動いて下さったんですよ」

「まあ」


 何それ、アリステアったらすごくいい人じゃないの。

 それはメラニーたちが心酔するのもわかるわね。私の前だとただの執着強めの溺愛夫なのに、まともな人物像を聞かされて混乱するわ。


「ステアがそんな活動を……法律を制定するなんてどうやってやるのかしらね」

「なんでも議員さんと懇意になさっているとか。保守派の重鎮とお知り合いだそうですよ」

「へえ」


 ますますアリステアがわからない。あの若さで何者なんだろう。先祖代々のお付き合いとかでないと納得できないわね、そんな相手を動かせるなんて。

 パーティーでのアリステアのダンスはそれなりに優雅なものだった。貴族や騎士階級となじみのある育ちなのかなと思った。

 そういう家の、次男より下の生まれなら納得ね。地位も財産も、継承できるのは長男だけだもの。実家にいる間に築き上げたコネクションを使って始めた事業が――情報屋っていうのは微妙すぎるけど。


「――あら、お戻りでしょうか」


 玄関でノッカーが鳴った。ジャックが迎えに出たのだけど、困惑気味に居間に来る。


「奥さま、ハリソンさまがお見えでして」

「え。ステアは出かけているけれど」

「そう申し上げたんですが、お待ちしたいと」

「まあ」


 ハリソンさん。街でも出くわした巡察隊員よ。魔女のからむ事件を追っていて、調査をアリステアに依頼している人――待ってでも会いたいということは、何かが起こったと?


「――そう。じゃあ応接間にお通しして。私もご挨拶するわ」


 少し心配そうな顔でジャックはうなずいた。

 大丈夫、アリステアはそんなに遅くはならないはず。夜まで帰れないような時は事前にそう言ってくれるもの。

 ならハリソンさんが持ってきてくれた情報、さっさと入手したいわよ。いったい何があったのか――私はワクワクして立ち上がった。


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