第21話 月
パーティーでアリステアがたらしこんだ女性、というのはメイドさんだそうだ。水をいただくついでに、て。
「やだ、ほんとにたらしこんでたの?」
「怒らないでくれエルシー。ちょっと訊きたいことがあっただけなんだ」
帰宅後、寝る前に私の部屋に来たアリステアは、寝間着にガウンを羽織っていた私を軽く抱きしめて謝ってみせた。
「別に、怒ってないです」
「いいや気にしてるね。だって丁寧語になってるよ」
「……」
そんなつもりは。腕の中でモジモジしてしまったら額にチュ、とされた。放せ、こら。
「カレン嬢の想い人とやらについて知りたくてね。主家の醜聞だからハッキリ言えないだろうと思ったのに、名前まであっさりわかった」
「……困った使用人ね」
んー、まあアリステアが本気で流し目したら口を割るかも。少し腹が立つわ。
「彼が消えた経緯について調べてみるよ。きみの件とは無関係なんだが興味がわいた」
「――月って何?」
単刀直入に訊くと、アリステアはフフンと笑って腕をほどいた。
アリステアが動いたのは「月」と聞いてから。興味が、てそれよね。なんなのか私も知りたい。
「おそらく魔女のことだ」
「ハリソンさんが追ってる人?」
「ああ。捜査上では魔女、あるいはディーという呼び名しかわからなかったんだが、仲間内の隠語では月と表しているんだろう。そう思いついて」
「……どうして、ステアにそんなことが」
すぐに思い当たるなんておかしいでしょ。一般人が聞いてもわからないからこその隠語よ。
アリステアは長椅子に腰をおろし、いつものように脚を組む。ひじ掛けに頬杖をつきもったいぶって一呼吸おくと、口を開いた。
「魔女は、私の知る人物だな」
「え」
「ダイアナ、というんだよ」
「――月の女神」
「そう、だから月。あの
アリステアは目を細めてあざ笑うようだった。ダイアナというその人と何があったのか――以前聞いたオカルト関係の研究会での知人なのでしょう。
あのコと言うからにはアリステアより年下なのかもしれない。それが大物魔女ってすごいわね。それなりの魔術を使ってみせるのか、前に言っていたように政治力なのか。
「ダイアナのこと、気に入らないの?」
訊いてみたら苦笑いされた。私も長椅子の隣に座ってみる。アリステアは頬杖のまま微笑みかけてきた。
「大して関係ない女だ、気にしないでくれ」
「別に気にしないってば」
「気にしてくれないのか」
どっちよ。寂しそうに肩をすくめられる。
「――先達の教えをないがしろにする姿勢とやり口はいかがなものかと考えているだけさ」
「あなたでも……先生とか師匠への尊敬の念ってあるのね」
「私をなんだと思ってるのかな?」
すごく冷ややかな視線が飛んでくる。黙っているとまた乱暴にあごをつかまれたりしそうで私は慌てて口を開いた。
「儀式に人を使うと言っていたじゃない? そういうのはウィンリーの仕事なのに、とあの人たち話していたの」
「ウィンリーの?」
「子爵のことかしら」
アリステアが行ってしまってから聞いた話を伝えると、ふーむと考え込まれた。
「……思ったより深く関わっているようだな」
「儀式ってどういうもの?」
気になっていたことを訊いてみるとアリステアは眉をひそめた。たぶん胸くそ悪い話なんでしょうね。
「何かの望みをかなえるために――香を焚き薬を飲んでトランス状態になるとか、禁忌の材料で
「禁忌――」
「人間に由来するものも使っているんじゃないか」
嫌そうに言われて、お腹がザワザワした。ああそれで、その消えた男の人がもう生きていないという話になるのね。
そんな魔術にすがる人々がたくさんいるということが、しみじみ嫌になった。「おっかない」と言いながらそれを容認しているのだろうパーティーにいた男たちにも憎悪がわいた。
私の表情はとても険しくなったのだろう、アリステアが手を伸ばし頬をなでてくれる。私は大きく呼吸して気持ちを落ち着かせようとした。
「墓荒らしで入手することが多いとは思う」
「墓、荒らし?」
なぐさめるように言われて首をかしげた。
「埋葬したばかりの遺体を盗むのさ」
「――いえ、それもちょっと」
「商売として成り立ってるよ? 解剖研究させてもらえる遺体が少ないからね、医者が困ってて高く買い取ってくれる」
「やああぁ」
ぜんぜんなぐさめにならない話!
「医学の進歩のためには必要なことだ」
「――そう、なんでしょうね」
私はゆっくり深呼吸する。アリステアみたいに平然としてはいられないけど、理屈はわからないでもなかった。
だけどそれと儀式とやらは違う。それにそのために人を死なせるのはやっていいことじゃない。
「ねえ、儀式には盗まれた死体じゃなくて、生きた人が使われたこともあるわよね。ウィンリー子爵はそういう犠牲者の恨みもかってるはずよ。その線は調べた?」
「――いや」
「探ってみて。巡察隊には追えない裏側だけど、あなたならできるでしょ」
私が斜め上の信頼を表明するとアリステアは驚いた顔をし――口の端を上げ、うなずいてくれた。
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