第20話 私の手を取って


 母親と一緒に会場に入ったカレンさんは、連れてこられたという言い方がピッタリだった。腕を取られ、引っぱられて。

 心ここにあらずだけど、むしろ体がだめそう。これじゃ倒れるんじゃないの? 先日の華やかなドレスがくすむほどに調子が悪く見える。


「ちょ、カレンさんどうしたのかしら」

「ふうん? あれはひどいね」


 離れたところからでも噂してしまうわよ。私たちがささやき合うのと同様に、彼女の様子に気づいた人々がザワ、とする。近くにいた男性たちのつぶやきが聞こえた。


「出入りの商人とって娘はあれか」

「美人だが真っ青じゃないか?」

「あの様子じゃ、男の方が消されたのは本当らしいな」


 ――はい? 消された?

 硬直した私にアリステアが顔を近づけた。小声だがハッキリと口にする


「疲れていないかい?」

「え、まだ来たばかりよ」

「でもきみの体が心配なんだよ」


 言いながらアリステアはそばの椅子に私を導いた。話している男たちの斜め後ろ。あ、盗み聞きしたいだけだわ、この人。

 わざとらしく眉根を寄せ、気づかわしげに私を見つめる。でも耳は別の方を向いているのよね。男たちの話は続いていた。


「……そいつは生きてるのかね」

「さあ。とっくに儀式に使われてるんじゃないか」

「おっかないな。に目をつけられたらおしまいだ」

「だがあの力のおかげで助かってるんだぞ」


 ――月。空の? なんのことやらわからずにいたら、アリステアが目を細めた。


「座っていなさい。水をもらってこよう」


 あれ行っちゃうの? 物問いたげにしてみせたら、よそ行きの微笑みを返された。


「すぐに戻るよ。脇にもたれているといい」

「あ……」

「聞いておいて」


 最後は息だけでささやき、本当に行ってしまった。もう、なんなのよう。

 仕方なく私は具合の悪いふり。扇子で顔を隠しつつ、小さな声のやり取りに集中した。


「――あの娘は男が死んでるかもしれんとは思ってないんだろうなあ」

「だがそういう仕事はウィンリーがやってただろう?」

「婚約の件で揉めたからな。ミドルトンも対抗意識があるんじゃないのか」

「そりゃウィンリーだって男をくわえこむような嫁は困るだろう。自業自得なのに、仲間割れはしないでほしいもんだ」


 ――どうしよう、ドキドキする。本当に呼吸が震えてくるわ。

 ウィンリーというのは、あのウィンリー子爵のこと? 死んでるとか儀式とか、そういう仕事とか。いったいなんの事よ。


 男たちは向こうに知人を見つけて行ってしまった。私はそうっと顔を上げる。

 私に注意を向けているような人はいなさそうね。それはひと安心だけど――ホールの真ん中ではカレンさんが、若い男性と向き合ってポツリポツリと話しているようだった。夫人が付き添ってそうしているということは、あれが新しい婚約者候補なのかしら。

 ミドルトン夫妻は娘と恋をしていた人を消した――ということなのか。死なせたのか引き離したのかは置いといて。

 恋人と連絡が取れなくなって傷心のカレンさんにお見合いさせて押し切る作戦かなあ。ちょっとかわいそう。

 私はホウッとため息をついてしまった。


 所在なく待っている私がおかしかったらしい。水の入ったグラスを持って歩いてきたアリステアが吹き出すのをこらえる顔になった。


「迷子の子犬みたいだね」

「失礼な」


 グラスを受け取り、一口含む。ちょっと怖い話も聞いたし不安になったからか、とてもおいしく感じた。アリステアは私に向かってかがむとささやいた。


「寂しかったのかい?」

「……そういうことじゃ」

「ごめんよ、女性をひとり、たらし込んでいたんだ」

「は?」


 ポカンとすると、また楽しそうに笑う。ああもう、からかったのね。

 唇をとがらせて顔をそむけたら手のグラスを取られた。それを壁際のテーブルに置き、アリステアは私の腕を引く。立ち上がると腰に右手を回された。


「心配しなくても、私が他の女にどうこうするわけはない」

「心配なんかしてないわよ」

「信用されているのか。嬉しいな」

「……勝手にすればってこと」

「おや」


 傷ついたような顔をされるけど、わかってるもの、絶対それは嘘なんだから。

 ツーンとしてみせたら、ちょうど楽団が演奏を始めた。ゆったりしたワルツ。

 手を取られ、腰を引かれた私はスルリと踊りにすべり出す。微笑むアリステアの肩に左手をそえた。

 人の目につかないように、ふたり小さくステップを揃える。

 遠慮がちに踊っていてもアリステアのダンスは端正だ。この人がどんな育ちをしたのかまだ知らないことに気づいた。


 ふわり、ふわり。

 揺れるドレス。私の気持ちも。

 でもアリステアが私を見つめる瞳は確かで。


「きみと踊れるなんて。夢みたいだ」

「――私、そんなにいいものじゃないわよ?」

「いや。いいものだよ、私にとっては」


 きゅ、と胸が痛んだ。

 アリステアが本当に踊りたかった相手はエリーでしょ、と口にしそうになる。病気だったエリーはそんなことできなかったでしょうから。

 それでもアリステアは微笑んでいる。この人が手を取っているのは、今は私。エリーじゃない。だけど。

 優しくリードされて身を任せながら、この人を信じられる日が来るのかどうか自信がなかった。


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