第19話 パーティーへ行こう


 気持ちの良いある夕暮れ。私はややウキウキしていた。

 これからミドルトン議員主催のパーティーなんだもの。ベリントンでの初・社交界に気分が華やぐ。支度した私はアリステアの前でクルリと回ってみせた。


「おかしくない?」

「大丈夫だよ。私のエルシーはいつもかわいい」

「……私じゃなく服の方を見て?」


 ドレスは仰々しくならないよう、普段使いの上に大きなリボンをあしらうだけにしてとお願いした。

 だけどアリステアはせっかくだから私を飾りたいらしくて、スカートの裾飾りとヒラヒラした付け袖もプラスされたわ。でもこれ、優雅で気分が上がるわね。うふふ。

 帽子の縁にはビーズを散りばめたネットが下がっていて顔をやや隠している。建前上の私は既婚女性だし、そんな慎みもアリよ。実際の理由は行方不明者として手配書が回っていたからなんだけど。


 家を出てしばらくすると、珍しく言いにくそうにアリステアが尋ねた。


「――馬車は、嫌じゃないかい?」

「平気。心配しないで」


 私は微笑んでみせる。本当に、わりと大丈夫なの。

 出席者としての体裁をととのえるため、今日は馬車を手配した。あの事件以来初めて乗ったのだけど、殺された瞬間を思い出して私がつらいのじゃないかと気にしてくれたらしい。ベリントンまでの旅が馬の二人乗りだったのはアリステアの配慮だったのかも。


「そうか――落ち着いてきたんだな。最初の頃にはよく泣いていたから」

「え?」

「夜に。夢をみて泣くきみが、かわいそうで困った」


 ――そんなこと、私がしたの? うなされて?

 そうだわ旅の途中、目覚めたらアリステアの腕の中だった朝がある。あれってそのせいなのかしら。ただこの人がヘンタイだからだと思ってたわよ。


「……えっと。事件を思い出すことはあるけど、どっちかと言えば怒りたくなるわね」

「おやおや好戦的だな」

「なあに、私が泣き崩れてた方がいいの?」


 クスクス笑われたので嫌な顔をしてみせると、スイと肩を抱かれた。


「そんなわけないだろう」


 甘い声でささやかないの! ドキドキするからやめてほしいわ。


「いつも微笑んでいておくれ。きみを泣かす男がいたら、私はきっとそいつを殺してしまう」

「物騒なこと言わないでってば……」


 でも、それは本当なのだろう。

 アリステアは私を殺した人を探している。たぶん復讐するために。なんならこのパーティー潜入も、その捜査だし。

 それが私への愛なのか、たんに所有物への独占欲なのかは知らない。

 私自身だって、何故私があんな目にあったのか気になるから協力するわ。だけど犯人が見つかっても、その人が死に追いやられるのを平然とながめていられるかどうか。

 考えてみるけど、答えは出ない。



 会場のミドルトン邸前で私たちは馬車を降りた。アリステアは悠々と胸の内ポケットから一通の手紙を取り出す。招待状――どうやって手に入れたのかしらね。中身を確認してもらい、通された。


「私たちは控えめに。ミドルトン氏の政策を支持する製糸業組合職員とその妻にすぎないから」


 腕を組んで中に進みながら念を押された。


「という設定ね」

「ああ。だけど派手にしなくてもきみは素敵だ」

「何言ってるのよ」


 愛おしげな視線を送ってくるアリステア。私たち、どう見ても仲の良い若夫婦ね。今日は探偵の助手気分だったんだけどなあ?


「本心だよ。今日のきみもかわいい」


 ホールに入りながらアリステアは私の手を取り軽く唇に持っていく。恥ずかしいってば。

 でもその能天気ぶりはカモフラージュだったみたい。入り口すぐにはミドルトン氏がいた。いえ私は知らないけど、アリステアが挨拶したの。


「これはミドルトン議員、本日はお招きありがとうございます。この度の砂糖輸入自由化法案は是非とも実現していただきたいものです。応援しております」

「おお、ありがとうございます。共に戦いましょう」


 笑顔で握手をかわすアリステアの横で、私は控えめに微笑むばかり。その私にもミドルトン氏はニッコリし、また次の客に視線を移した。離れながら私はささやく。


「知り合い?」

「向こうは私のことなんて知るものか。適当に話を合わせてきただけさ」


 奥の壁際まで行くと、アリステアは私の顔をのぞく。社交に不慣れな妻を気づかうようにしか見えないけど、口にしたのは推理だった。


「ネット越しでも人相ぐらいはわかるけど、きみを見ても顔色ひとつ変えなかったね」

「え、ああ、うん」


 ミドルトン氏が、よね。


「じゃあ無関係かな――」

「そうなの?」

「腹いせに殺すほどの粘着質なら、憎き競争相手の顔ぐらい確認するかと。ミドルトン本人が行くわけもなし、人を雇うなら似顔絵を調達した可能性もあると思ったんだが」

「……私を連れて来たのは、顔が必要だっから?」


 ちょっと複雑な気分で訊いてみたら、あやすように笑われた。


「まさか、それだけじゃない。きみとパーティーに出てみたかったんだ。音楽が始まったら隅で踊ってみよう。踊れるだろう?」

「そりゃ、まあ……」


 ええと、それでいいの? 何しに来たんだろう私。

 そんな事を言っていたら奥から見たことのある女性たちが現れた。カレンさんとミドルトン夫人よ。

 会うのは仕立屋以来だったのだけど――カレンさんは血の気がなく、無表情だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る