第18話 親子のへだたり


「恋は恋、結婚は結婚なのよ」


 私の夢見る発言に、抑えているけど馬鹿にする口調でミセス・ミドルトンが笑った。カレンさんの表情がサッと硬くなる。

 おおっとやっぱり、カレンさん本人は親の思惑とは違う恋をしているっぽいわね。母親とは対立中、と。

 でも私は年長者に対し素直にうなずいておいた。


「恋した人と結ばれるのもあこがれますけど、両親に従うべきというのもわかります。若いうちは人を見る目がありませんし」

「そう、恋は人の目をくもらせるものですよ」


 ここぞと強く言う母親を、カレンさんがにらむ。するとあやしい雲行きを察して店員たちが動いた。


「ああら、お嬢さま! 帽子をかぶってみませんか? お顔に映えるかごらんになって下さい」

「ミセス・カーヴェルも、レースを取りそろえてみましてよ。ドレスに合わせてまいりましょう!」


 有無を言わせず客たちの間に入り込む。チッ、話の腰を折られたわ。

 私づきのブロージャーさんは腕まくりする勢いだった。ここでたくさん売れば特別手当ぐらい出るんでしょうね。だけど私は複雑な気分。アリステアにそんなにお金を使わせるのもなあ。


「流行はこんな感じのレースですわね。いかがでしょう?」

「……私、流行りにはうとくて」


 あいまいに小首をかしげてみせたら任せろとばかりに強くうなずかれた。何やら冊子を出してくる。


「こちら、ご覧下さいませな」

「ファッション雑誌?」

「最新のモードが盛りだくさんですの」

「はあ……」


 パラパラとめくってみてもピンとこない。

 だいたい私、目立ちたくないから派手にするわけにはいかないし、社交に出る気もないのよ。アリステアの妻として最低限格好がついていればそれでいいんだけど。


「あまり華やかなのは、私には似合わないかと」

「そうですかしら? お化粧をもう少しなさったら映えますわよ!」

「差し出がましいことを申し上げますが」


 売り込む気まんまんのブロージャーさんに、メラニーがけん制の一言を放った。


「だんな様は奥さまの愛らしさをお好みです。控えめで可憐な感じがよろしいかと」

「そうよね、ありがとうメラニー」


 いやん、頼りになる。連れてきたかいがあったわあ。

 私は見た目もお値段も控えめな品をいくつか選ぶ。その間にカレンさんは帽子を頭にのせ立ち上がっていた。


「まあ、素敵ね!」


 私はそちらに近寄ってにっこりした。歳の近い者同士、きゃいきゃいした雰囲気で迫ろうっと。ほめられてカレンさんも微笑む。


「――ありがとう」

「揺れる裾飾りがきれいだわ。これならダンスの申し込みが列をなすでしょう――ああ、そういうお顔合わせのパーティーなのかしら?」


 カレンさんはふと顔を暗くした。口の端がゆがむ。


「もうそんな話は嫌なのに――ちょっと前にまとまりかけて駄目になった話があって、父は激怒していたの。それからは当てつけるようにお見合いばかり勧めてきて」

「カレン、よしなさい!」


 娘の暴露話にミセス・ミドルトンは語気を荒らげた。私はおろおろしてみせる。


「つらいことがおありだったのね。でもお父さまだって愛娘のことを心配なさっているのでしょうし、ケンカなさらないで」

「父は自分が成り上がることしか考えていませんもの!」

「カレン! なんてことを!」


 キーッとにらみ合うと、母娘ゲンカぼっ発――こりゃ家庭内がかなり煮詰まってるとみていいんでしょうね。



 * * *



「――と、そんな感じだったの」

「うん、金切り声がもれてきて店主ホガードが気をもんでいたよ」


 店を出て歩きながら私が報告すると、アリステアはクスクス笑った。でも私は自信を持って断言する。


「大丈夫よ、あそこの女性店員さんたちすごいんだもの」

「そうなんです。にこやかに割って入ってケンカをさせないんですよ!」


 後ろからメラニーも口をはさんだ。女の社交場をさばく彼女らの手腕にいたく感心したみたい。


「それは面白いものを見たんだな」


 アリステアは笑顔で私にやや顔を寄せると、ついてくるジャックとメラニーに聞こえないぐらいの声でささやいた。


「なかなか判断しづらいね」


 私はうなずく。

 娘は子爵家の話が流れてホッとした。母は残念がった。父は激怒し、別の話を物色中。わっかんないわねえ。


「でも他の縁談が選べるなら、何もあんな事件」

「必要はないが。ただという人間もいるから」


 気に入らないから腹いせに、そんな理由でも人は殺せる。薄い笑いを浮かべたアリステアは、そういう人を見てきたのかもしれない。そんな顔だった。


「ミドルトンの人となり次第、かな」

「私、役立たずだったわ」

「そんなことないよ」


 アリステアは明るく笑う。


「今度はそのパーティーに行ってみるとしようか」

「え? ミドルトンさんの?」

「ああ」

「いや、だって……どうやってもぐりこむのよ」

「もぐりこむだなんてエルシー。正面から行けばいいだろうに」


 ――何を言ってるんだろう、この人。そんなことしても普通は門前払いされるんですけど?

 だけど楽しげに街を行くアリステアは自信に満ちている。余裕の微笑みはかっこいいし、不覚にもときめいてしまった私はあわてて目をそらした。

 私に合わせてゆっくり歩く足取りはおだやかで、たくさんの人が私たちを追い抜いていって。

 今日もベリントンの街角は喧騒にまみれているのだった。


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