探偵ごっこは楽しいな

第17話 物言いたげなご令嬢


「いらっしゃいませカーヴェル様。本日は装飾をお選びですね」


 ホガードさんの店を訪れた私たちは丁重に迎えられた。

 だって一度に何着も注文するような上客はあまりいない。普通は一着を大事にし、流行に合わせてアレンジしつつ着まわしていくんだもの。

 今日はそのアレンジ部分、縁飾りレースやリボンを選びに来たという名目よ。先日は服の形と生地選び、採寸を済ませてある。


「じゃあエルシー、ゆっくりでいいから」

「でもあなたの意見も聞きたいの」

「きみにはなんだって似合うはずだよ」


 店主の前で仲むつまじく甘えてみせ、私はメラニーを連れて婦人専用の試着室に入った。


 そこには若い女性客がいた。これがカレンさんかしら。隣にいるのは母親かもしれないわね、顔立ちが似ているもの。

 私より少し年下に見える娘の方はつまらなそうに座っていて、パーティードレスを仕立ててもらっているようには見えなかった。


「こんにちは。同席させていただきます」


 私は知らん顔で挨拶した。ふんわり、優しく。

 なんとなくエリー風味をよそおってしまうわあ。まあ本人を知らないんだけど、病弱でけなげな雰囲気でいきましょ。


「ごきげんよう。さわやかな気候ですわね」


 お決まりの文句で反応してくれたのは母親だけだった。カレンさんは本格的に不機嫌みたい。ややギクシャクした空気に、私の担当販売員のブロージャーさんが明るい声を出した。


「お品はまだ仮縫いですけど、お持ちしますわねミセス」


 示された椅子に腰かけ、私はにっこりと母娘に微笑む。めげずにいくわよ。


「お嬢さまのパーティードレスですの? とても華やかでお似合いだわ」

「まあ、ありがとう――あなたもなんとかおっしゃい、カレン」

「――」


 叱られた娘は小さく会釈しただけだった。やっぱりミドルトン母娘で正解みたいだけど、大丈夫なのかしらカレンさん。

 もうカレンさんはドレスを着ていて、今は帽子を合わせているところだった。派手な羽根飾りを並べ、店員があーだこーだと組み合わせている。

 でもそれに口を出すのも母親だけ。議員夫人として社交を忘れない母親は、無愛想な娘のぶんまで私に笑顔を向けてきた。


「お若いけれど、ミセス夫人とおっしゃいましたわね?」

「はい。最近のことですの」

「あらあら、じゃあ今がいちばん楽しいのではなくて?」


 そこでカレンさんは顔を上げた。私をチラリと見て、目を細める。私はなるべくカレンさんに寄せた話題をふってみた。


「そうなのでしょうか。でもお嬢さまが美しくお育ちなのは楽しみですわね?」

「――親の立場からは面倒もいろいろあるものよ」


 ミセス・ミドルトンは疲れたような笑みで肩をすくめた。

 そうよね、結婚話をまとめるために奔走したあげく私の養父に負けたんだもの。ごめんなさい。


「――さあミセス・カーヴェル、こちらの三着ですわ」


 ブロージャーさんがワサワサと私の品を運んできてくれた。吊るされた縫いかけの服を見てミセス・ミドルトンが目をまるくする。


「まあ一度にそんなにお作りになるの?」

「――私、しばらく田舎で療養しておりましたの。恥ずかしながら、街にふさわしい服など何もなくて。あつらえなさいと夫が」

「まああ、たいへんでしたのね。お元気になられてようございました」

「ありがとうございます」

「――あの」


 そこでカレンさんが口を開いた。やったわ、本人ともお話しできそう。

 私はにこやかな笑顔を向けた。レースを並べてくれていたブロージャーさんも心得ていて客をせかしたりしない。ここは社交場だもの、おしゃべりを邪魔なんかできないのよね。


「ずいぶんお優しいだんな様ですのね?」

「そう、ですね」


 うっとうしいぐらいのアリステアのベタベタぶりを思い出し、苦笑いしてしまう。後ろに立っているメラニーが小さく吹き出したのを私は笑いながらたしなめた。


「もう、メラニーったら」

「あら申し訳ありません。でもだんな様は本当に奥さまを大事にしてらしてねえ」

「体が心配なのよ」


 だって死んでるところを見てるもの。突然また死ぬ可能性はあるのだし、そりゃあ心配されるのもわかる。


「私も想い合う方に嫁ぎたいものです」

 

 ふとカレンさんがつぶやいた。小さいけど反抗的な声色。母親が顔をしかめるのを、そっぽを向いて無視する。

 うん、悪いけどお母さまは黙ってて。私もカレンさんと話したいわ。これ、なんかあるでしょ。

 私は軽く乗り出した。恋バナ大好きな若い女性をよそおってカレンさんから聞き出さなくちゃ。


「そんな方がいらっしゃるの?」

「……いれば、いいなと」


 すこぶる歯切れが悪い。外聞をはばかって表では言えない人が相手かしらね。夢見るノリをよそおって話をつなぐ。


「物語では情熱的な恋がありますわよね。どちらかがもう結婚していたり、地位や身分の差があったり。困難を乗り越える恋、すてきだと思いません?」

「そんな……」

「いやだはずかしい、私ったら。あくまで物語の話ですわ」


 こーゆーの照れるわね。私、本当は現実主義だもの。

 まったく知らない男に嫁いだって、そこでなんとかやっていくしかないと思ってたし――でもまさか、アリステアみたいな相手は想定してなかったわ、そういえば。

 人生わからないものだなあ。


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