第28話 あなたの隣


 アリステアが言うのは、私を手放すということだろうか。私が、あなたの愛するエリーじゃないから。あんなに私に執着していたくせに。

 急にそんなことを言われて、私は泣き笑いになった。


 ――私がエリーと違うのはわかってる。

 顔立ちが似ているだけだもの。以前にも「見れば見るほど違う」なんて言われたし、私は私でしかない。エリーの代わりなんかできない。


 違うわ。

 代わりになんかなりたくない。

 私は、私としてあなたの隣にいたいのよ。


 なし崩しにそうされた、アリステアの妻という立場。でも私、今はもうそれが嫌じゃない。

 アリステアはおかしな人だけど、くっそ愛が重たいけれど、その底に感じる寂しさとか優しさとかは嘘じゃないもの。

 死霊術のことがなくても、あなたから離れても生きていられるんだとしても、私たぶん、あなたの隣にいたいと思う――だって、すごく面白そうだわ?


「もう私はいらないってことなの?」


 泣くのをこらえて私が静かに尋ねると、アリステアも静かに答えた。


「違う」

「たしかに私はエリーじゃない。あなたが私を生き返らせたのはエリーに似ていたからよね。なのに私、たぶんエリーよりジャジャ馬でかわいげがなくて我がまま言ってあなたを困らせて」

「きみは――エリーとは違うけど、それでもいいんだ」

「じゃあどうして」

「だってきみはエルシー、いやエリザベスだろう」

「はあ!?」


 かたくなに言い張るアリステアになんだかイラっとした。

 今さら何を言ってるのよ。そんなこと当たり前でしょ、私は私よ。

 さんざん自分のものだと主張してきたのはあなたなのに、前言撤回するつもり?


「私が私だからなんだっていうの」


 無性に腹が立ってにらみつけた。アリステアは表情をうかがわせない。抑えているのか、何も感じていないのか。それも悔しいし苛立たしい。


「そんなこともわからずに私を生き返らせて連れてきたの?」

「わからなかったわけじゃ……ない。だけどきみには、きみなりの生き方があったはずなのに」

「それはもう終わったのよ、終わらされたから。だから終わった理由を探しているんだわ」

「知りたいならそれは調べよう。私だって気になっているし、仕事でもある。だが捜査が済んだら――きみは好きにしていいんだと伝えておかなくてはフェアじゃない」

「あなたのいうフェアって何」


 私は言い返す。声は震えていない。泣きそうなのはバレないで。


「好き勝手して、あげく放り出すこと? 別に私はひとりでも生きていってみせるけど。好きだ愛してるだ言い散らかして、毎日毎日口づけて、突然もういらないって言われる身にもなってよ!」

「エルシー、私は――」


 突如唇をわななかせてアリステアが腕を伸ばしてきた。乱暴に引き寄せられ、唇がふさがれる。


「――っん」


 毎晩のついばむような挨拶じゃなかった。唇がこじあけられ舌がからむ。

 や、ん。

 私は背中をこわばらせて抵抗しかけた。だけどすぐにその力がスウと抜けていく。頭ごと抱えられ、執拗に吸われ、舌先が歯ぐきをなぞる。もう頭がしびれてしまって動けないし何もできなかった。


「――ふ」


 私は完全に身を任せていたらしい。顔を離されたらズルと崩れそうになり、椅子に手をついた。それを支えてくれながらアリステアの目は揺れていた。


「――悪かった」


 言い置いて目をそらすと、アリステアはさっと出ていく。ちょ、待ちなさいよ。


「なん、なんなのよぅ……」


 あんな口づけしておいて「悪かった」も何もないでしょ! どういうつもり――ってわかってる。

 

 妻だと言いながら寝室を共にしないのは、愛するエリーじゃない女に手を出すのがためらわれたから。そうなんだろうとずっと思ってた。なんて誠実なのかと呆れつつ尊敬しちゃったわ。


「――っううぅ」


 ちょっと泣いても仕方ないわよね。

 ここしばらくアリステアの妻みたいに過ごしてきた。でも私の今は、命も愛も、ぜんぶ

 その事実を突きつけられて私は打ちのめされていた。




「――奥さま? 奥さま、具合でも悪いんですか?」


 暗くなっても動くことができずにいた私を見つけたのはメラニーだった。

 部屋に灯りを持ってきてくれたら私は長椅子に沈み込んでいるんだもの、驚くわよね。いつもなら灯りぐらい自分で用意するのに姿を見せないので心配してくれたらしい。


「だいじょうぶよ」

「お疲れなんですね、お出かけしてらしたから。だんな様のお手伝いをなさったんでしょう?」

「……ん」


 体を起こすと、明るくなった部屋はそれでも寒々しく感じた。

 ここは、もう私のいるべき場所じゃないのかもしれない。


「奥さま、お食事は召し上がります?」

「……あまり食べたくないわ」

「まあまあまあ」


 メラニーは困った顔。失礼しますね、と私のおでこを確かめてくれる。


「熱はないと思うわよ」

「ああよかった。だんな様もいらっしゃらないし、お医者さまを呼んでいいものやらわかりませんから」

「ステア、いないの?」


 私は驚いて訊き返した。そんなこと何も言っていなかったのに。


「先ほど、急に。戸締まりもしていいとおっしゃいまして」

「そう――」


 それは、また何かの調べものだろうか。

 ううん、たぶん私のせい。私と一緒にいたくないから出かけたんだわ。

 そのことに、私はまた傷ついた。


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