第29話 わたしの気持ち


 朝になってもアリステアは帰ってこなかった。

 顔色の冴えない私にメラニーもジャックも気をつかってくれる。旅だと明言していなくても、こういうことはよくあったのだと。ベリントンの街中で何かお仕事なんでしょう、と。

 そうね、仕事よ。だって私が殺された事件と魔女に関しての調査依頼が重なっているんだもの、調べたいことは山のようにあるはず。

 だけど急に出ていったのは、私とのことがあったからだと思う。


「はあぁ……」


 私は庭でひとりになり、ため息をついた。家の中にいると気がめいるし、部屋だと昨日のアリステアを思い出してしまう。やってらんないわ。


 私は好きに生きていい、だなんて。今さらどういうことよ。

 そんなことを言い出すきっかけは、やっぱりセオドアさまよね。元婚約者さまに出くわしてしまってから様子がおかしかった。

 ……焼きもち? いや、もうセオドアさまと結婚するとかありえないんだけど。

 あちらが私に気づいたから? それぐらいちゃんと私個人を認識して待っていて下さったんだなあ、ということには感激したけど。でもそれだけよ。くどいようだけど別に愛情があって結婚することになったんじゃなくて政略なんだし。


「だいたいさあ、アリステアにだってエリーがいたじゃないの――」


 そこよ。

 元はといえば、エリーに似ているからと私を見初めたアリステアの方がずっとひどい。私に何か言える立場かってのよ。


「エリーの代わりなんだと思うから……」


 私はいつまでも愛されていることに自信が持てなかった。なんとなく不安で、ずっと悲しかった。だとすると。


「ステアも、自信がなくなったの、かな……」


 私に愛される自信? いやいや、愛されようが愛されまいが手放さないよ、ぐらいの勢いだったでしょうが。

 アリステアの心にいるエリー。

 私の人生に現れたセオドアさま。

 もうそれぞれに進展することなど決してない二人のせいで、私とアリステアは踏み出せずに別れるんだろうか。


「そんなの、嫌よ」


 ――私ね、まだアリステアに伝えていないの。あなたのこと、嫌いじゃないんだって。むしろけっこう好きよって。


 だっていつも浴びせるように愛してる攻撃してくるんだもの。いきなり「私も」とか言えないってば。

 最初の頃はやめろ放せってじゃれあってたし、なんだかそのノリがしみついていて。そういうのも楽しいし、変えられなかった。

 だけど駄目よね。ちゃんと言わなきゃ。

 言ったうえで――やっぱりご自由にどうぞ、て返されたら。

 うう、キッツい。でも、その時はその時だわ。

 本当にどこかで家庭教師でもなんでもして暮らせるよう頑張るしかないわね。その場合、アリステアが身元保証人ぐらいにはなってくれるかしら。生き返らせた責任ってことで。


 庭は光に満ち、穏やかだ。ジャックが植え替えたジギタリスも陽ざしをもらい元気に育っている。壁ぎわの日陰に育つベラドンナもヘンベインもすくすくと生命力にあふれていた。ただし、数は半減している。実験のために収穫されハリソンさんに渡されたのだそう。巡察隊もご苦労さまね。

 この植物たちは毒を秘めているけれど、私の中にある命よりはまともに生まれたものなんだ。そう思って笑ってしまった。

 どうせオマケでもらった命だもの、そうね、私の好きにしなさいっていうのも正しいのかも。

 ――その「好き」が、アリステアのそばにいたい、だったとしたら。

 許してくれる?



「――エルシー」


 長いこと庭にたたずんでいた私を呼んだのは、アリステアだった。まだ外出した格好のまま。

 帰ってすぐに私を探しにきてくれたのかな。嬉しくなって、私の声は明るくはずんだ。


「――おかえりなさい」

「ただいま――夕べからずっと、ハリソンと一緒だったんだ」

「あら」


 ハリソンさん? やっぱり仕事だったんだと少し安堵した。

 でもアリステアの表情はまた、うまく隠されていた。視線が私から外れる。私に知られたくないことがあるのか、私に申し訳ないと感じる心あたりがあるのか。

 向こうがどう思っていようと、私は勇気を出して話してみなくちゃ。


「あの――えっとステア」

「帰らなくて心配したかと思ってね。捜査の一環だよ」


 私の言葉をさえぎって言い、アリステアはきびすを返した。あん、ちょっと。

 さっさと家に入ってしまうアリステアを追ったけど、そこには上着を受け取るジャックやお茶にしましょうねと支度するメラニーがいる。人前でできる話じゃないし、どうしよう。

 私が物言いたげにしているのに気づいているのでしょうに、アリステアは居間でくつろぐ態勢。

 ここでは私が黙るしかないとわかっていてやってるでしょ。こんなやり方で話を封じるとか卑怯じゃないですかね? くっそう。


 ――いいわよ、そっちがその気なら「好き」だなんて言ってやらないんだから!

 ええと、事件の真相がわかったら私は自由に生きるべき、て言ってたわね。じゃあその時まではダンマリを決めこんでやってもいいかなあ。

 だってアリステアがいじわるなんだもの!

 ――でもこんな宙ぶらりんな気持ち、私も嫌よ……だったら事件をで解決しちゃう。それしかないかしらね。そうしたらアリステアだって私の出した結論をちゃんと聞くしかなくなるし。


 うん、頑張るぞ! おー!

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