第30話 じゃじゃ馬でごめん
その夜、アリステアはなかなか私の部屋に来なかった。いえ、この時間になっても音沙汰ナシって、もう来ないつもりでしょ。
ふうん、いい根性じゃないの。
人に言うだけ言って、あんな口づけして、放置ですか。私と話したくないって意思表示ですよねえ?
腹を立てた私はこちらからアリステアの部屋の扉をノックした。
「ステア?」
いちおう勝手に開けることはしない。私はきちんと躾られておりますのでね。
中でアリステアが立って来る気配がして扉がカチリと開いた。いつもと同じガウン姿の私を見て迷うようにされる。こんな格好の女性を廊下に立たせておくのをためらう程度の常識はあるのね、この人。
「いいのよ、ここで。捜査の成果を教えてもらいたいだけ」
「いや、それでも」
「誰も見てやしないわ」
私の事務的な口調にアリステアはため息で応えた。
「……ウィンリーが儀式の犠牲者の調達に関わった証拠があれば、逮捕につなげられる。そこは巡察隊が動ける範囲だからハリソンに話を通した」
「ん。そんな話をしてきたのね」
「ああ。他に関係がありそうな貴族や議員の名前も把握されているし、もう放っておいても公に片がつくだろう」
「それは、魔女の件でしょう。私を殺した犯人は誰だかわかったの?」
ごまかされない私を、さすがにじっと見返してくる。
その目の奥に何かが揺れているように思えて、私はへにゃ、と泣きそうになってしまった。いけない。唇をかんでこらえる。
「それは、まだだ。ウィンリーに事業で負けた連中はおそらく除外。きみを殺して得をする人間もあまりいないし、ミドルトンは違うようだったな」
「そうね……」
「もっとドロドロした恨みからのものと考えるのがしっくりくるが、魔女関連のそういうのをハリソンが絞り込んでいる。待っていてくれ」
「私に何かできない?」
「……おとなしくする、という選択肢はどうだい?」
探るように言われた。私は首を横に振る。
「嫌」
「……子どもみたいな言いぐさだね」
「大人だから、自分のことは自分でやりたいの」
「エルシー」
「あなたに守ってもらうばかりじゃ駄目でしょう?」
食い気味に言い張ったらアリステアは黙ってしまった。
だってあなたが言ったの。私は私なりの生き方をするべきだって。
私、おしとやかに奥さまをやっていたいなんて思わない。
お嫁に行かなくたって夫に捨てられたって――なんなら男爵家に引き取られずに孤児として育ったって、生きるしかないならなんでもしたでしょう。それが私。
私は私が生きられる場所で生きて、私の大切なもののために体を張るわ。そうしたいの。
あなたのことだって、私が守ってもいいじゃない? そうさせてよ。
「どうしてきみは――」
苦々しく言われても、もう大人だから変えようもないわ。あきらめてね。
「面倒くさいのを生き返らせちゃったと思ってる?」
「いや。これがきみだ、わかっているのに」
そう言って私を見る目はとても苦しげで、でも愛おしげで、アリステアが本当は何を考えているのかうっかり期待しそうになって私はうつむいた。
「ごめんなさい、我がままばかりで。だけど早くケリをつけたい」
「それは、どういう」
「もっと何かわかったら教えて。私にできることはやらせて。おやすみなさい」
アリステアが言いかけたことには答えず、私は自室に駆け戻った。パタンと扉を閉め、吐いた息が震えている。
「ばかステア」
ぜんぶ終わったら、私がどうしたいかを伝えたいのよ。決まってるじゃない。
私はあなたと一緒にいたい。それだけ。
数日が静かに過ぎた。何かしたいと思っても、私にはできることがない。知りたいこと調べたいことはたくさんあるのに、その術がなかった。
ベリントンは繁華街の一部しかわからないし、知人もいなかった。アリステアに依存して暮らしていたことがくやしい。仕方ないことだけど。
アリステアの方は毎日出かける。捜査、よね。私は置いてけぼり。
そりゃ私がいては邪魔になる場所にも行くのだろうけど、ただ私と離れていたいんだと思った。だって、おやすみのキスもしに来ないもの。
「奥さま、ケンカなんですか?」
私たちが微妙な空気なのはジャックとメラニーも気がついて、おろおろしてくれた。
「ケンカというか……よくわからないけど」
「まあ夫婦の間のことを私どもがどうこう言えませんけども心配で」
「いやあ、こういうのは男が悪いんでさあ」
キッパリとジャックが言い切って、私は笑ってしまった。
「そうなの?」
「そんなもんです。それにだんな様がやたら出かけてるのを見りゃあね。逃げたくなるような何かがあるってことでしょうが」
「……ありがと、ジャック」
私がふさいで見えたのかしら。一方的にアリステアを悪者にしてはげましてくれるマサーズ夫妻に感謝だった。彼らはアリステアに恩義があって、だんな様のためならなんでもする、ぐらいの心意気なのに。
うん、私、頑張るわ。
行動できることが今はなくたって、気持ちだけはしっかり持っておかなくちゃ。
アリステアは私の命の主でかりそめながら夫。だけどそれだけじゃない。
私がアリステアのためになりたいのだと、強く願った。
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