第31話 人殺し


「やってもらいたいことがあるんだ、エルシー」


 朝食後、久しぶりに私を庭に誘って、アリステアはそう言った。

 二人だけなのが、なんだかぎこちない。そのことに胸がキュッと痛んだけれど、私はちゃんと微笑んでみせた。


「待ってたわ。何をすればいい?」

「――きみを殺した犯人候補に会ってみてくれないか」

「はんにん、こうほ」

「子爵の邸に嫌がらせをしていた当人だと思う。消えたメイドがいたろう? その恋人で、料理人」

「ああ……」


 故郷に帰り結婚すると発表されたメイドさん。魔女による儀式の生け贄になったのかもしれない人だった。

 彼女がベリントンで逢い引きしていたという男の人が、ウィンリー子爵家にゴミなどを投げ込んだりした容疑者として濃厚だとアリステアはにらんでいるそう。


「ケネス・オーリッジ。まだ若い男だ。結婚を考えていた女が突然いなくなったと荒れていたらしい」

「そうなの……」

「自分の嫁は消えたのに、子爵家には嫁が来ると聞いて逆恨みしたのかと」

「うわあ、私なんにも関係ない!」

「そうだね――」


 よしよし、と頭に手を伸ばしかけて、アリステアは止まった。

 これまでならスッポリ抱きかかえて頬ずりしてもおかしくないタイミングなのに、そうはしないアリステア。彼の気持ちがわからない。

 この人は私に「好きにしろ」と要求するけど、アリステア自身はどうしたいのだろう。私をどう思っているのだろう。


「あの事件の頃にオーリッジは数日間店を閉めていた。そこまで状況が揃うと疑いたくもなるだろう? 犯人なら、きみを見れば何かしら反応するはずだ」

「一介の料理人ならみずからやったんでしょうしね。馬車に乗り込んできたのは……男ひとりだったわ。フードを、深く、かぶっていて――」

「つらいなら、よせ」


 アリステアは心配そうに私の言葉をさえぎった。私が殺された瞬間を思い出し声を詰まらせたから。

 私を見る目は優しく、気づかいにあふれている。そんなことで喜んでしまうなんて、我ながらチョロいな。


「だいじょうぶ、会うわ」

「無理はしてほしくない」

「へいき。私にしかできないことがあるのって嬉しいわね」


 にっこりしてみせると、アリステアは何か言いかけた。でもそのまま口を閉じ、目を伏せる。

 私もアリステアも、本当に言いたいことは別にあるのだと思う。なのにやるべきことにまぎれて先延ばしにしているのね。馬鹿みたい。だけど、どうしてか伝えられなかった。


「今から行くの?」

「行ってくれるかい?」


 オーリッジの店は下町にあるそうだ。

 私たちは普段の中流の身なりではなく町の人々のよそおいにあらため、出かけることにした。

 ベリントンまでの旅路で揃えた服を取っておいてよかった。だけどこの格好をすると、アリステアに抱かれるようにして馬に揺られた日々を思い出す。それは少し、悲しい。

 そんな記憶を振り払いたくて、歩きながら実際的な話をした。


「メイドさんは体調不良だったと言っていたわね。それは魔女の使う秘薬に見せかけた、毒のせいかしら?」

「かもしれない。そんなところまで考えたのか。さすがだねエルシー」

「……ヒマだったんだもの」


 不満をやんわり織りまぜたけど、アリステアは華麗にスルーしてきたわ。


「ウィンリーが与えたんだろう。風邪の使用人に薬だと言って毒を飲ませ、さらに不調になったところで良い占い師がいるから視てもらえと言う。体を壊して働けなくなるかと不安なところで雇用主に言われれば、ホイホイと魔女の所に出向くのもわかる」

「……ひどいわね」


 そんな手口でおびき出し、薬で意識をなくし、殺す。田舎から来てろくな縁者もいない者を狙えば発覚することもないと思ったのだろうか。


「そんな犯罪の末の恨みで、私は殺されたのかしら」

「その可能性が高いかと――下手人がオーリッジだとしても、元凶はウィンリーだし魔女ダイアナだ。彼らにもつぐなわせるつもりだけど、それでいいね?」


 確認の形をとるアリステアの声は冷ややかだった。

 私がためらっても、アリステアはきっとそうする。私を殺し苦しめた原因になった人々に罰をという彼の意思は変わらない。

 どうしてよ。私のこと、もう手放そうとしているんじゃないの? 私なんてどうでもいいでしょう。

 なのに私はうなずいた。私の仇を討つというアリステアの気持ちが嬉しいから。私のためにあなたがしてくれるなら、なんだっていい。そう思えた。

 ――これで私も、人殺しね。復讐ではあるけれど。たくさんの罪を犯した者たちへの制裁なのだけど。

 それでいい。

 地獄があるのだとしても、アリステアと一緒に行くわ。




 探しあてたオーリッジの店はこぢんまりと庶民的なたたずまいだった。

 若い店主の腕は確からしい。ウィンリー子爵家の料理人とも知己で、大きなパーティーがあった時に助っ人に呼ばれたほど。くだんのメイドとはそこで知り合ったのだとか。


「だが最近は、店を開けないこともしばしばだ。荒れた暮らしぶりみたいだね」

「そう――」


 店の表は閉めきられていた。裏に回ると無精ヒゲの男がだるそうにビールの空き樽を表に出すのに出くわした。私は無表情に声をかけた。


「ねえ、あなた」

「あん? ――ヒッ!!」


 ケネス・オーリッジは私をひとめ見て、細い悲鳴を飲み込んだ。


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