第14話 エリーとエルシー
家の庭で会った時には顔もろくに見なかったハリソンさん。あらためて会うと精悍な雰囲気の人だった。ありていに言えば、ごつい。
でも裏表のない真っ直ぐな目が力強くて、頼りになりそう。さすが巡察隊員ね。三十歳ぐらい? アリステアよりも少し上だと思う。
私ははにかむように控えめな会釈をした。するとビシッとかかとを合わせて敬礼される。
「こりゃどうも。先日はお邪魔して失礼いたしました」
「私こそ、ご挨拶もせずに」
「いやいや。体が強くないとお聞きしていたのに、ぶしつけで申し訳なく」
……あれ、私そういう人なの? しれっとアリステアが話を引き取る。
「やっとベリントンに呼び寄せたけどね。旅だけでも疲れてしまったし、誰にも会わせたくなかった。そろそろどうかと街に出てみたらやはり倒れそうになって」
えーと、そんなに病弱設定?
びっくりした私はあいまいに微笑むだけにした。そりゃまあ死んでるんだから、ある意味では健康と真反対の存在だけども。
ハリソンさんは私たちを見比べて大きくうなずいた。なんだか嬉しそう。
「アリーはこのとおり色男なのに女を寄せつけなくてね。不思議に思って訊いてみれば故郷で療養中の女性がいると言うんです。あ、だからご安心を! アリーは本当にベリントンで浮気なんてしてませんからな」
「そんなこと疑うエルシーじゃない」
「やっと一緒にいられるようになったんだなあ。よかったなあ」
……?
ハリソンさんはしみじみ喜んでくれてるけど、なんか話がおかしい。それってけっこう前からのいきさつ――あ。
そうか、これはエリーのことなのね。エリーは病気で、ずっとラナークフォードにいたのか。ベリントンで仕事があるアリステアと想いあっていたけど、こちらに来ることができないまま亡くなって――何それかわいそう。
黙りこむ私の肩をアリステアはそっと抱いてくれた。自分じゃない女性のことを話題にされているのを気づかったのかもしれない。
いいのよ、仕方ないことだもの。私はできるだけ明るく言った。
「もう歩けるわ。帰りましょうか」
「つらければ馬車を――」
「心配しないで」
はかなげに微笑んでみる。体は弱いけど芯があり思いやりのある、エリーみたいな女性っぽく。
任せてよ、しっかり演じてみせるから!
「ああ奥さん、しばしお待ちを」
立ち上がろうとしたらハリソンさんに止められた。真面目な顔でアリステアに向き直る眉間が険しい。
「ちょうど報告したいことがあったんだ。でなきゃデートの邪魔なんざせん」
「――ここにいて、エルシー」
アリステアは私に静かな笑みを見せて、ハリソンさんを連れてほんの少し離れた。
小声のやり取りは聞こえない。私には内緒なのね。ちょっと腹が立つなあ。
……ハリソンさん、「報告」って言ったわね。巡察隊員から報告を受ける立場のアリステアって何者よ。
治安関係者じゃないわよね? 政府の偉い人? にしては二人の話し方がくだけているし。
あーん教えてくれたっていいじゃない! どうせ私なんてただの死体なんだし、何も悪用しないのにー!
「ねえねえ、ハリソンさんのお話ってなんだったの?」
帰り道、丘をゆるゆる登りながらアリステアに尋ねてみた。並んで歩く私をチロリと見て、アリステアは目をすがめる。
「――エルシーがエリザベスの手配書に似ていると言われた」
「わ。やっぱり出回ってたのか」
私は目をまるくした。人相書きと本人って似てるものなんだ、すごーい!
「何わくわくしてるんだい。これからもしばらく街では目立たないようにした方がいいな。他の巡察隊員の目にとまっても面倒だ」
「はあい」
私は肩をすくめた。まあ今日で街は堪能したし、かまわないわ。
「ハリソンさんになんて言い訳したの?」
「……実は遠い親族らしい、と」
「は?」
「エルシーの祖父だか曾祖父だかがクロウニー男爵家の出身だと聞いていると言っておいた」
えーと、えーと。それは真実だわ。
「エリザベスが養女だとかどこから引き取られたとか、そんな情報は男爵家の中だけのものだろうしね。あ、事件があったのを私は知っているがエルシーには教えていないということにしたから」
「え、なんで」
「遠戚で関わりがないとはいえ、同じ年頃の女が殺されたなんて胸を痛めるだろうから話題にしないでくれと念を押したんだよ」
「あ、なるほど……」
「面差しが似ているならなおのこと、そんな事件を教えなくてよかったと言っておいたから」
沈痛な面もちをしてみせたアリステアは、一転フフと口の端を上げる。まったく食えない男ね。
ハリソンさんならきっと、病弱な女性に配慮して殺伐とした話題は出さないでしょう。そういう紳士的な誠実さを感じさせる人だったわ。腹黒いアリステアとは違う。
そこで私はハタと立ち止まった。
「――じゃなくて、報告って言ってた方!」
「おや気づいたか」
アリステアはクックッとのどの奥で笑った。だから食えないって言うのよ!
腕に添えている私の手を、なだめるように軽くさする。流し目が色っぽくてドキドキした。くそう、顔は好き。
「知りたがりだねエルシー」
「秘密主義ねステア」
唇をとがらせて言い返してみた。丸めこまれてちゃ、いつまでも籠の鳥だものね。
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