第15話 魔女があやつる力
「ハリソンは魔女を追っているんだ」
「ま、魔女!?」
眠る前に私の部屋に顔を出したアリステアは長椅子に並んで座り、そんなことを言い出した。
帰り道ではなんやかや、はぐらかされ続けたのよ。なので私は部屋にきたアリステアに唇をとがらせ、ツーンと拗ねてみせた。そしたら苦笑してようやく話してくれたんだけど、白状されたのが「魔女」って。それもどうかと思うわね。
「オカルト流行りはいつの時代にもあるが、今また大物の魔女がいると噂されていて」
「魔女に大物とか小物とかあるんだ……」
「どんな世界にも序列はあるし政治力が必要なんだよ、かわいいエルシー」
「私がお子さまだと言いたいのね」
「まあ、そう」
「むっきー!」
むくれかけたけど、いけない、またはぐらかされる。私はキッと姿勢を正した。
「で、その魔女とステアになんの関係が?」
「おや、話を戻すんだな」
アリステアはニコニコと、ほどいて梳かした私の髪を指ですく。
ほらやっぱりごまかそうとしてた。ていうか本当に秘密にしたいわけじゃなく、じらして遊んでるだけなのよ、この人。
「私はあちこちに
「――あなたは情報屋さんなの?」
「そんなところだ。もちろんハリソン相手だけじゃない」
それは――裏のお仕事と言えなくもないけど、あまりひどいことをしているのではなさそうで私はひと安心する。殺し屋とかだったらどうしようとビクビクしていたから。
どうやら「魔女」は多くの人々から頼りにされているらしい。
貴族、政治家、商人たち。彼らは魔女の占いに頼り、目的を遂げるための薬を調合してもらい、不思議な力を得ようと儀式を行い、敵を呪い殺してほしいと依頼し――。
「それ駄目なやつなんじゃ」
「うんまあ。でも私がきみにしたことも方向性は逆だけど、同等に駄目だよね」
「そ――そうでした」
ですよね。私の存在も明るみに出たら悪魔の仕業だと言われるわ。頬のひきつる私の肩をアリステアがなでてくれる。
「きみは何も悪くない。だけど魔女は――その界隈がからんだとみられる殺人や不審死が多発して、巡察隊が動いた」
「ああ、で、ハリソンさん」
「貴族や大商人の裏側は真正面から調べにいっても歯が立たない。それで私の出番さ。報告というのはね――」
軽くため息をついてアリステアは続けた。
「ウィンリー子爵も魔女の信奉者らしいんだ。それで子爵家の競合相手が死んだりした事件を洗ってもらっていたんだよ」
「調べ事はその道の者に、て言ってたの、巡察隊のこと?」
「ああ」
うわ、ひど! そりゃ
「もちろん他の関係者のことと合わせてだし、それを踏まえて私が裏側を探るんだから必要な下地にすぎないだろう? きみの一件が起こる前からハリソンの依頼で動いていたんだし、不審がられてはいないよ」
「ならまあ……えっと、子爵家が、魔女の力でのし上がったってこと?」
「そういうこと。だが呪殺なんていっても毒を盛っているだけだろうね。占いも、無理やり当てることはできる――それらしく言ったことを実働部隊が実現すればいいだけだし」
「だけって」
たとえば、誰かが間もなく病で死ぬと予言しておいて、その人に毒を盛り病死に見せかけるとか。
そんな手口で信者を増やしているのだろうとアリステアは説明してくれた。
「それぐらい大規模な集団になっているのさ。魔女に本物の魔力があるのか疑わしいよね」
そう言って、本物の
「生命と宇宙の本質に迫る理念を忘れ、現世の利益にからめとられた時点でもう、魔術でもなんでもないよ。私も以前にオカルト研究会に出入りしたことがあるが、あれはつまり学術であって精神論なんだ」
なんだか難しぶって言う中に大事なことがまぎれてたわ。
そういう研究会に出入りした? そこで身につけた知識や理論を私の死に際して実践したというわけか。
「――私の存在と魔女は、本来なら近いものなの?」
「ああ。ねじまげて使う連中がいるのはあまり気持ちよくない」
アリステアの表情は静かだけれど、それなりに怒っているのかもしれない。だからハリソンさんの依頼にも協力しているのだろう。
「ステアは私を助けてくれたんだもの。術を、いい方に使ったのよね」
「……そう思ってくれるかい?」
「ええ、もちろん。だから悪いことに使う人たちがいるならやめさせたい。私も同じよ」
アリステアが私の頭を抱き寄せて髪に口づけた。
形ばかりとはいえ、妻だもの。あなたの味方だと伝えたことを喜んでくれただろうか。するとにっこりと笑顔を向けられた。
「いい子だねエルシー。じゃあせっかくだから、きみにも何か手伝ってもらおうか」
「はい?」
「世の中には、男一人じゃ難しいこともあるんだよ」
ゆったりと微笑むアリステアの態度は落ち着いていて、もの柔らかで、だからいっそう不安になる。何させる気?
私ってば、この人のことどうしても信用しきれないんだわ。だって、普段の行いが悪いんだもの!
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