第16話 被害者は探偵の助手になる


 私が死んで、得をした人は誰か。


「それが殺人事件の基本かな、と思ったんだ」


 話を続けながら、アリステアはなんだかちょっと楽しそう。

 探偵の謎解き気分でしょ、これ。さしずめ私はその助手ってところだけど――。


「死んで得するとか、被害者の前でずけずけと言うのね」

「生き返ってるんだから、いいだろう?」


 いいの? いいのかな?

 私はいいけど「報復する」って楽しげだったのはあなたじゃなかったっけ。


 アリステアは長い脚を組み、長椅子にもたれた。なんていうか絵になるのは認めるわ。

 形だけの結婚だけど、これが私の夫。まあそうね、ちょっと自慢かも。


「事業の恨みからの線も調べているが、見当たらない。復讐する力もなさそうなのばかりだ。没落して行方知れずだったり、もう死んでいたり」

「うわわわ」


 えっぐいわあ。成功と失敗は紙一重ね。


「そちらも追うが、別のアプローチもしようかと」

「それがなのね」

「そういうことだ」


 私――ウィンリー子爵家の花嫁。それを消したかった人。

 アリステアが筆頭に挙げたのは、庶民院議員ミドルトンだった。


「地盤はフィルダースポート。海運業の町だ。船舶業者とつながりの深いウィンリー子爵と懇意になっておけば来期の当選もかたい」

「あ、政治的な理由の縁組なんだ……」


 この国の議会は貴族院と庶民院の二院制。

 庶民院といっても爵位がないだけで、なんなら貴族より金持ちだったりする。広い土地を所有し事業をしているのよ。ミドルトン氏はそれね。


「ミドルトンの娘はきみと並んで有力候補だった。ウィンリー子爵は貴族院の改革派。庶民院の改革派とのパイプを欲しがっていてね。ミドルトンはちょうどいい。私もそっちでまとまればと思っていたのに」

「どうして?」

「――きみの結婚が延びのびになるからに決まってるじゃないか」


 真面目な顔でアリステアは言った。

 ――えーと、私にき遅れろと? そんなこと言ったってもう二十歳だし、あまり延ばすわけには。


「だって、きみが誰かのものになるところなんて見たくなくて」

「いやそれだと、ステアが第一容疑者になっちゃうからね?」

「心外だな。きみが痛いのも苦しいのも嫌だって言っただろう。殺すなんてできないよ」

「そうだけど……」

「だから困り果てて、ただ追いかけていたんじゃないか」


 そんなストーカー行為を告白されましても。

 アリステアは大きくため息をつくと私に手を伸ばし、引き寄せる。だーかーらー。当時の揺れる心を思い出してダメージ負うのはやめようね?

 私に頬ずりして気を取り直すと、アリステアは説明してくれた。


「ミドルトン氏が今度パーティーを開く」

「うん」

「もちろん娘のカレンも出席する。そのためのドレスと帽子を作っているのが、きみを連れて行った仕立屋、ホガードの店だ」

「あら」

「向こうが来店する日は調べた。同じ日に私たちも店に行ってみよう。婦人客同士、おしゃべりしておいで」

「はあ?」


 私がきょとんとするのをアリステアはヨシヨシとした。

 店には婦人用、紳士用の試着室兼談話室がある。ゆったりと買い物してついでに社交して、みたいな場所が服飾店なの。たまたま居合わせたフリをすれば世間話はできるはず。

 カレンさん本人は子爵家との結婚をどう思っていたのか。話が立ち消えて父ミドルトン氏の反応はどうだったのか。そんなことを聞き出してこい、と。


「父親は怒り狂っていたと娘が言うなら、あやしさが増す。さっさと他の良い縁談が見つかってホクホクしていれば容疑者から外れる」

「ああ、そうね」


 その意図は理解したわ。でもさあ。


「私って、カーヴェル夫人として会話するの?」

「そうだよ?」

「……にしてはステアのこと知らなすぎると思う」


 控えめな私の抗議にアリステアは困った顔をした。手をあごにやり、考える素振り。なーんかわざとらしい。


「もっと深く知り合いたい、てことかい?」


 意味ありげに言って私の腰をグイと引く。ちょ、ちょっと。


「そういう知りたいじゃなく!」

「ん-? 知りたいのことを言ってるんだろう。何か期待してるのかな」


 期待って! そんなの何も……からかわれているだけだとわかっているのに、私の頬は赤らんでしまう。くやしいぃ!

 体はゆったり離したまま、アリステアは口の端をほころばせた。視線が甘ったるくなる。


「本当に私の妻はかわいいな。その何も知らないかわいらしさで押し切ろう。ハリソンにもそうだったろう? 病がちだったからベリントンには来たばかりでよくわからない、てことにしておけばいい」

「そんなあ」

「ああでも、情報を集めていることは他人に内緒だよ」

「それはまあ、なんとなく」


 なんか言いくるめられた感じがして眉を寄せていると、ツイと唇をついばまれた。


「やんっ」


 ムスッとして体を引いたのに軽々つかまる。


「妻におやすみの挨拶だよ」

「考え事してるのに、ヘンなことしないでよ」

「物理的に口をふさげば、生意気なことを言えなくなるだろう?」

「ひーどーいー、ッん」


 本格的にふさがれる。ああん、もう。


「おやすみエルシー」


 フイと私を放し、アリステアは出ていった。


 ――まあ、その。べつにあまり嫌じゃないんだけど。あれ、私、流されてきてない?

 でもそんなの恥ずかしいから、アリステアには内緒なんだからね!


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