第13話 前向きに死んでます
「本当に華やかなのね!」
目を見開く私を、アリステアは満足げに眺める。
石畳を歩く、上等な服で着飾った人、人、人。そこに突っ込み、かき分けようとする馬車。
ベリントンのにぎわいは領地でも噂に聞いていたけど、これは想像以上だわ。
「やっときみを連れて来られた。でも私から離れるんじゃないよ」
「気をつける。迷子になっちゃいそう」
私たちはちょっと浮かれ気味に笑い合った。
エリザベスの捜索が打ち切られたことで、私はようやく外出を許された。
アリステアも私と歩きたかったみたい、嬉しそうにエスコートしてくれる。
ここはベリントン中心街のロウ・ストリート。通りと平行して流れるエイモス川の対岸には議会と宮殿が威容を誇っているのがチラチラ見えた。
そんな場所だから商取引所や代書屋なんかも建ち並んでいる。政治と経済の街なのね。
ポツポツあるのは裕福な市民が議論をたたかわせるコーヒーハウス。女性は入れないらしいけど、行けたとしてもアリステアいわく「ペテン師だらけだから、きみは立入禁止」ですって。
さまざまな小売店もあるけど、宝飾店や仕立屋は高級品しか扱わなそうだし、家具も食器もそんな感じ。ここに店を出すことそのものがステータスなんでしょうね。
でも何より驚くのは。
「あのねステア、みんな足が速いの」
私がいつものペースで歩こうとすると、後ろからバンバン追い越される。邪魔そうに舌打ちしてくる人までいる。アリステアの冷たいひとにらみで逃げていくけれど。
「みんな生き急いでいるんだろう。ベリントンにはなんでもあるから、死ぬまでにやりたいことが多すぎるんだ」
「――ねえ、私はいつ死ぬの?」
ふと気になって口からこぼれた言葉にアリステアはフ、と笑った。
「――私が死ぬ時、一緒にかな」
「やっぱりそうなのね」
「さあ、わからないが」
「それならそれで、かまわないかなあ」
「私となら生きるも死ぬも共に、か。嬉しいよ」
「そういう情熱的な言い方にしないでちょうだい」
私との愛を語るための翻訳がうまいんだから、もう。
アリステアとなら、とかじゃない。どうせ拾った命――いや死んでるんだけど、これって余生みたいなものじゃない? オマケをもらった気分で楽にいこう、てだけ。
いろんなことができそうな
だけど守られてばかりは――ちょっとムカつくかな。
私たちはロウ・ストリートから少し外れたアリステアの行きつけだという仕立屋で私の服をオーダーした。
そして道端の花売り娘がすすめる可憐な一束を私の帽子に飾ってみたり。
広場の隅にいたおばあさんからは鳥の餌を一袋買い求め、撒いた。むらがる鳩の勢いに驚いたわ。
何かするたびに、私は声をあげて笑った。アリステアはそれを見つめて満足そう。
私は今日、とても幸せ。
「ステア、なんだかクラクラしてきたわ」
あちこち見て歩くうち、私は人混みにあてられたのかめまいを起こしたみたいだった。こんな活気、収穫祭ぐらいしか知らないんだもの。ベリントンは毎日こうだなんてすごいわね。
「つかまって。川べりで休もう」
アリステアは腕に私をかばいながら、通りから外れた。
少し行けばベリントン市内をつらぬくエイモス川の岸。木陰があり、腰をおろしている人々もいた。アリステアがハンカチを敷いてくれる。
「大丈夫かい?」
「ちょっと座れば平気」
隣に座るアリステアが私の帽子を脱がせ、自分にもたれさせてくれた。はしたないけど、楽。
「ありがとう、ステア」
「いや。楽しくて無理をさせたかな」
「ステアも楽しかった?」
「ああ」
「よかった」
ポテンと寄りかかったまま微笑むとアリステアは不思議そうに目を細める。
「私を楽しませたいと思ってくれたのかい?」
「ん……そりゃそうよ」
「そうか」
ぼんやり答えたらアリステアは静かに私の髪をなでた。とても気持ちいい。疲れが抜けていく。
なんだろう、こういうのって普通に生きている人でも同じなのかしら。それとも私がアリステアの術とか力に支配されているからなの? 手のひらや指先で触れられるたび元気になる感じ。
川を渡る風が涼しくて、だんだん頭がスッキリしてきた。私はフウと大きく息を吐く。心配そうな視線を向けられたので、なるべく元気な笑顔を返してみた。
「――アリー?」
後ろから男性の声が呼びかけてきて、アリステアが身じろぎした。この声は。
「ハリソン」
「こんなところで、どうした」
先日ちょっとだけお会いした巡察隊員ハリソンさんだ。街路からこちらに近づいてくる気配。
もう挨拶してもいいのかしら。アリステアを見上げた私は不安そうだったのかも、苦笑いして頭をポンポンされた。
「エルシーが疲れてしまってね。休ませていた」
「お、やっぱり奥方と外出か。まあ他の女性とそんな風にしてたら大問題だ」
あっはっはと大声で笑う。それに顔をしかめながらアリステアは私の肩に手を添えた。
「他に目をくれるわけがない。具合はどうだい、エルシー」
「……もう平気よ」
私は起き上がり、ハリソンさんを振り向いた。
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