第12話 あなたを知りたい


 庭の毒草はハリソンさんが苗を持ち込み、育てるよう依頼してきたのだそうだ。自分は集合住宅の一室に住んでいて実験できないからだとか。毒物を使ったとみられる事件を追っているんですって。

 何それ、迷惑。あの日は植物の状態を確かめるため、庭に回って来たのね。


「言ってくれてれば私、外になんて出なかったのに……」

「何も知らないきみが頑張って考えているのがおもしろくてね」

「シュミ悪いんだってば!」


 今日は天気がいいので二人で庭を楽しんでいる。というかハーブを摘みに出た私にアリステアがくっついてきただけなんだけど。


「それは今日の食事に使うのかい」

「香草焼きに使うけど、残りは飾っておくわ。ローズマリーもタイムもいい匂いだし、ちょうど花が咲いたし」

「小さな、かわいらしい花だな。きみみたいだ」

「素朴な私にぴったりですものねえ」

「……なんだかトゲのある言い方だが。私は豊満で芳醇なバラよりも、こちらの方が好きだよ」


 好きと言いながら、私がグラマラスで華やかな女じゃないということは認めるのね。くやしいな。

 この都会ベリントンにあっては私なんて地味で人目を引かないんだわ。なんでアリステアは私のこと――いやそれは、のおかげか。私はたまたま似ているだけ。エリーってどんな人だったんだろう。


「――ステアはベリントン生まれなの?」

「いや? 出身はラナークフォードだ」

「あら、近かったのね」


 それはクロウニー男爵領オークレイのすぐ隣。ああ、だから通りかかって私のことを見つけたのか。

 というとエリーも同郷なのかしら。街暮らしの洗練された女性というわけじゃなく、純粋な少女のような人だったのかも。

 きっと少年時代からの恋人で、結婚の約束をしてみたりして、なのに何かで亡くなってしまった。葬儀の後つらくて旅をしていた時に面差しの似た私を見て驚いたとか――? それはロマンチックがすぎるか。

 アリステアはそっと私の肩に手をそえると、顔をのぞき込んでくる。きれいな笑顔だ。


「エルシーも少しは私に興味を持ってくれてるんだね」

「最初から興味津々ですけど?」


 こんなわけのわからない状態にしてくれた元凶ですものね。


「ステアは何を訊いても肝心なことは教えてくれないじゃないの」

「そんなことはない。エルシーは私に愛されてることだけ知っていればいいと思ってるんだ」

「それだけじゃ嫌なんだけど」


 あんまり得体の知れない人に愛されても、ねえ。アリステアのこと、まだちょっと怖いのよ。


 それにそもそもの話、私は何故殺されたのか。そこは知りたいじゃない?

 ウィンリー子爵への復讐、それとも逆にクロウニー男爵を蹴落として子爵家と縁を結びたい何者かの仕業だと思う。

 で、アリステアは今、子爵となんやかやあった人々を順に調べているそう。


「地道……」

「まあ犯行声明が出るわけでもないから仕方ないね」

「ステア一人でそんな」

「ああ別に一人じゃない。調べ事はその道の者にやらせるし、犯人が見つかっても私が手をくだすわけじゃないから心配ご無用」

「手をくだ……?」


 待ってよ、物騒な言い方ね。私はおそるおそる訊いてみる。


「……殺す、の?」

「え? 殺さないつもりなのか?」

「ええええ、だって!」


 キョトンとされても困るわよ!

 当たり前のように言われたわ。本気?

 私は普通に暮らしてきたの。犯罪者とやりあってもいないし、戦場に出てもいないし、殺し殺されるが日常みたいに言わないで。

 私が青ざめているとアリステアは目を細めてしみじみとつぶやいた。


「そうか……殺されたのは自分なのに、犯人にまで哀れみの心を向けてやるなんて。優しすぎるよエルシー」

「それほどでもない、カナ……」


 私の笑顔はひきつった。アリステアと私の常識って、かなり違うんじゃない? 仕返しだからって人を殺すのは――。


「効果的に復讐するにはどうしたらいいかと楽しく考えていたんだが……」

「た、楽しくって。そんなこと考えないで」

「でも犯人を捕まえて突き出せば、どのみち死刑だよ」

「あ、う、そうだけど……」


 その通り。

 それに私だって怒りを感じてはいる。

 私自身の苦しみや、ねじまげられた人生のこと。巻き込まれて死んだライラたちのこと。つぐなわせたい気持ちはある。

 だけど、この手で殺す気にはなれない。きれい事だとは思うわ。甘っちょろいのよね、けっきょく。


「――それでいいよエルシーは」


 私に向けるアリステアの瞳は本当に優しくて、愛おしげで。だけどそれがへのものなのか自信がなくて、私の心は立ちどまる。返した微笑みは少し悲しそうに見えたかもしれない。


「――だんな様」


 呼びかけながらジャックが姿を見せた。手には書類用のお盆。


「お手紙で」

「そうか」


 アリステアはピラ、と手紙をつまみあげるとナイフで封を切った。中身を確認し、満足そうに口の端が上がる。


「よし。いい報せだよエルシー。これできみと街に出られる」

「え」


 エリザベス・クロウニー嬢、死亡と認定さる。だそう。

 着ていたドレスが、血だらけで切り裂かれた状態で発見され――そりゃ中身の女だけが無事なんてあり得ないわよね。

 まあ今の私がなのかどうかは、私も首をひねるところだけど。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る