第11話 とまった時間


 ところでジャックとメラニーは私が死体だということを承知しているのか。

 カーヴェル家に来たばかりの頃、私の部屋で二人の時に小声で尋ねたらアリステアは鼻で嗤った。


「言うわけないだろう。彼らは私がそんな珍妙な術を使うなんて思ってもいないよ」

「……珍妙だ、て自覚はあるのね」


 つい言ったら嗜虐しぎゃく的な目で寝台に並んで座られた。まずい。


「自分が珍妙な存在だと認めるのかな?」

「うーん、まあ。こんな妙ちくりんな状態は他に聞いたことがないわね」


 ごまかすようにニッコリしたけど、アリステアはグイと私のあごをつかんだ。えーと、おとがいをクイ、とかじゃなくね。下あご全部を片手で握る感じ。


いらいれふ痛いです

「そうだね不思議だな。私はこの目できみの死に顔を見ているのに、まだ減らず口を叩いて痛がって、どこまでするともう一度死んでしまうんだろう」


 それは試さないでほしいわ。だけどこの人は絶対そんなことしないと何故だか確信できて、私はされるがままにアリステアを見つめた。


「――」


 するとアリステアはそっと両手で私の顔を包み直し、優しく唇をついばむ。ほらね。


「生意気だな、エルシーは」


 苦々しくつぶやいたアリステアはまた口づけてきた。唇がすこし、こじ開けられ――。


「――ッ」


 ビクッとした私をアリステアは放した。髪をなでながら立ち上がる表情からは何もうかがえない。


「おやすみ、エルシー」

「……おやすみなさい」


 そうしてアリステアは自分の部屋に戻るのだった。


 ずっとそんな感じ。それ以上のことはされていない。

 つまり、私は妻といいながらも乙女のままだったりするわけで。いえ、いいんだけど、どうしてかしらね。

 ――やっぱり死体だからかなあ?



 * * *



「――で、自分は死んでいるんだし、毒草にかぶれてもいいだろうと手を出したのか」

「そう」

「馬鹿なんだね、エルシー」


 さげすむ目で私を見て、アリステアはキッパリと言った。


 夜、眠る前。アリステアは必ず私の部屋に来て、話して、おやすみのキスをする。だけど今日はハリソンさんの一件があってご機嫌ななめ。


「それとも痛い目にあいたいのか」

「あいたくないです」


 そこは急いで否定する。何もされたくないもの。


「ちょっとした好奇心よ。あんまりヒマだったから」

「――まだエリザベス・クロウニー嬢の行方が知れなくてね。は表に出ない方がいい」


 あ、やっぱりそういうこと。

 エリザベス――つまり私を発見されては困る。行方不明のまま、もう死んだものとして捜索打ち切りになってほしいのだった。


「きっとこのままなし崩しになるよ。恨みからの犯行だろうけど、当局は子爵家にも男爵家にも立ち入ったことはできない。両家が独自に本気を出すかどうかだな」


 養父は怒り心頭だろうけど、ウィンリー子爵との事業が変わらず進むなら私のために復讐なんてしないでしょう。

 子爵家だってクロウニー男爵との関係を築いたうえ、あらためて他家との婚姻も結べるなら悪くはない結末。

 なんか私、殺され損じゃない?


「いいんだよ、エルシーのためには私が本気を出すからね」

「……」


 それ、怖い。


 貴族への襲撃事件ということで捜査そのものは続いているらしい。だけど民衆からの反応はすぐ薄れたそうだ。自分たちが危ないわけじゃないものね。男爵の娘が死んだぐらい、ちょっと面白い話題でしかないんでしょう。


「血まみれのドレスを目立たない場所に捨ててきたから、それが発見されれば死亡判定されるよ。それまでの我慢だ」

「うわあ、えげつな」


 ちょっと前に泊まりがけでいなくなった時にそんな作業をしてきたんですって。

 本気で隠蔽したように見せかけるために「ちゃんと捨てた」ら「思ったより見つからないものだな」、てあなた。しかも男爵領と王都の間ではなく別方面に仕掛けに行く念の入れよう。

 犯罪に手慣れているかのようなその手口にアリステアへの不信感がつのってしまった。


「ステアって……ほんとに」

「頼りになるだろう?」

「いや、うん。そうなんだけど」


 そこは否定しない。でもね。


「あやしすぎるんだもの」

「きみが言うのかい、生ける屍さん?」

「誰がそうしたのよ!」


 私のは作品を愛でるように手を取る。指先を確かめるのは、昼間の私がベラドンナにさわろうとしたからよね。


「――少しくらいの傷なら、何もしなくてもすぐ治るかもしれないんだが」

「そうなの?」


 アリステアの推測では、私の時は止まっているのだとか。だからその時点の状態に戻ろうとする。


「それとも魂の形を記憶していて、それをなぞっているのか」

「うーん……?」


 何もわからない。自分のことなのに、なんだか悲しいな。

 私の冴えない顔に微笑みかけ、アリステアはなだめるような口調だった。


「だからって試すのはおやめ。きみは私のものだって言ったろう? 勝手に傷つくのは許さないよ」


 私が大切にされているのは間違いない。それはわかる。だったらもう、いいじゃない。それ以上何を望むっていうの。

 家の中なら好きにできて、たぶんそのうち外出できるようになって、どうやらお金や生活の心配はしなくてよくて。


 だけど、アリステアが愛しているのは私じゃない。

 それだけは、考えると心臓が痛いのよ。


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