第7話 私が死ねば


 木陰で休憩したまま、私は風に髪をなぶらせていた。それをアリステアがそっとなでている。優しい目と、手つき。


 私の運命がどうこうは置いといて、あなたが私を生き返らせようとしたのは何故?

 そう問えばこの人のことだから、「きみが私の運命だったんだよ」とかなんとか言うに決まってる。なので、あえて訊かなかった。たった一日でアリステアに対する理解度が爆上がりだわー、嫌だわー。

 だけどね私、アリステアに確かめなきゃならないことがある。


「ねえ、どうしてあなたは私が殺されたところに駆けつけられたの」


 彼の腕から逃れ向き直った。私は今、静かで冷ややかな顔をしていると思うわ。


 この人が私を殺したのではない。そう言われても、それだけで納得できるものじゃなかった。

 アリステアがベリントンの人ならなおさらよ。何故あんな場所に現れたのか説明してもらわなきゃ。


「――私が襲われること、知っていたの?」


 私が抱えていたモヤモヤは、つまりそういうこと。都合よく私の死体を手に入れるなんてあり得ないもの。


「ステアが私を殺したんじゃないって言ったけど。私が死ぬのを待っていたの?」

「違う」

「だって――」


 アリステアが伸ばした手を避け、私は立ち上がった。

 怖かった。この人の気持ちが。思惑が。

 一歩だけ、後ずさる。


「私、死ななければ一ヶ月後にはウィンリー子爵夫人だったのよね。カーヴェル夫人じゃなく」

「子爵夫人の方がよかったかい」

「そうじゃない」


 そんなことじゃないの。悲しくて私の顔がゆがむ。

 私が怖いのはアリステアを信じられないこと。という想像。


 結婚する私を横から奪うには、私が殺されるのが都合よかったわよね。

 そう考えると心臓がギュッとなって、止まってしまいそうな気がした。

 アリステアは冷たい視線のまま私をじっと見つめる。何か言って。否定してよ。


「――きみが死ねば、きみを私のものにできるかもしれない。それは考えた」


 ああ――。

 手足の先が冷たくなった。呼吸ができなくなる。アリステアの瞳は暗い。


「花嫁道中を未練たらしく追っていたのは本当だ。だけどきみを死なせるなんて賭けには出られないよ、誰かに死霊術を掛けたことなんてなかったし」

「……え?」

「きみが初めての被験者だ。失敗したらきみは私の前から失われてしまう」


 アリステアはため息をつく。実はあっさり死んだままになっていた可能性を示されて、私は青ざめた。


「ちょ、ほんとに?」

「そりゃあそうだ。だって私がきみに何をしたか――想像はしただろう?」


 ええ、たぶん。キ、キスよね。

 私のモジモジした顔を確認してアリステアが皮肉に笑む。


「私だって誰にでもそんなことしやしない。きみだからやってみたんだ――メイドライラを見殺しにしたのはすまない。きみにしか、したくなかった」

「……他の方法はないの?」

「さあ。試したことはないな。ただきみと深くつながり、きみの内側に働きかける手段として考えるより先に動いてしまっただけだ」


 ――殺された男たちを乗り越え踏み込んだ馬車。倒れ伏すライラと胸から血をあふれさせ動かない私。

 アリステアは叫んだはず。「エリー!」って。

 蒼白になりながら私の服を破って傷口を確認し、まだ固まらない血を押さえながら温もりの残る私に唇を重ねる。「汝の意志を為せ」と念じて。


 そんな光景を思い浮かべて私の瞳から涙がこぼれた。


「何を泣く?」

「――わからないわよ」


 言い捨てて私は泣きじゃくった。二十歳にもなって子どもみたいにみっともないけれど止まらなかった。

 死んだり生き返ったりいろいろあったんだし、泣くぐらいさせて。


 だってアリステアの心が切ないんだもの。

 想う人に似ているだけの私が結婚するからって、死ねば自分のものにできるとまで考えたんでしょ。

 その気持ちを抑えて見守ってみれば、いきなり私は殺された。


 そして私もかわいそうだわ。

 駒として育てられやっと決まった結婚なのに、相手に会うこともなく何故か撃たれた。直後にいろいろされて生き返ったあげく、本当の想い人は自分じゃないと知らされる。

 私が死んだ時に呼びかけられた名は、たぶん私のものじゃなかったの。


「エルシー――」


 立ち上がったアリステアが泣き続ける私の隣に来た。でも触れてはこなかった。


「きみが結婚を嫌がる素振りがあれば奪ってしまいたいと思ってた。それで近くにいたんだ」

「……奪うって、そんな」


 しれっと言われたけど、そんなのただの婦女誘拐じゃない。私の表情がドン引いたのを見てアリステアは肩をすくめた。


「ウィンリー子爵には黒い噂があるんだよ」

「そうなの?」


 泣きやみかけた私をあわれむ目でながめ、アリステアは鼻で嗤った。


「そりゃそうだ、だから金がある。貴族にしては貪欲な男だ」

「だって子爵家の事業のこととか教えてもらえなかったし、王都の噂なんて知るわけがないじゃない」


 言い返した私にアリステアはハンカチを差し出した。おずおずと受け取り、涙を押さえる。借り物で鼻をかむのは控えるわ。すすり上げるのも行儀が悪いけど。

 涙を引っ込めた私を見つめて、アリステアの表情は硬かった。


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