第8話 悲しいのは誰のせい


「きみを殺しに来るほどだとは私も考えていなかった。事業の失敗ぐらいでそんなことまでは、と」


 アリステアはポツリと話し出した。

 ウィンリー子爵はそこそこやり手の実業家らしい。そんな人がどうしてクロウリー男爵家とつながりを持ちたがったかというと、男爵領が田舎だから。つまり森林資源があるおかげだそう。


「木材は常に不足しているんだよ。造船は貿易にも戦争にも欠かせないのにね。燃料用にずいぶん伐採されてしまったから」

「そ、そうなの……」

「炭鉱開発は進んだが、森林は回復していない。木材の価値は高止まりだ」

「うん……」


 あまりピンとこないので私は曖昧にうなずいた。経営とか投資は勉強しなかったもの。私の様子で察したのかアリステアはかみ砕いて言い直してくれた。


「商売がうまいということは、人を蹴落としてきたということでもあるね」

「ああ、それはなんとなくわかるわ」


 つまりそうして恨みをかい、そのせいで私が殺されたと。いえ、ものすごく私に関係なくない?


「子爵本人を狙いなさいよ……」

「それはそうだけど」


 茫然とつぶやいたらアリステアは苦笑した。


「すんなり当人を殺すよりも、思惑をつぶして事業を頓挫させたい。自分が味わった挫折を相手にも、てことなのだろうか」

「根暗」


 怒りをこめてののしった。殺された本人ですもの、それぐらいいいでしょ。


「ウィンリー子爵家に恨みを持つ人間は何人もいるんだ。だからって花嫁を問答無用で殺すとは思っていなかった。すまない」

「襲われたのはステアの過失じゃないわ」


 小さく言った。アリステアに私を守る義務なんてなかったんだもの。

 それなりに痛かったし怖かったけど、それは済んだことよ。

 今つらいのは、アリステアが私を見殺しにしたのかもという想像。そうじゃないなら、もういいの。なのにアリステアは沈痛な面持ちだった。


「――きみを私のものにできるかもと考えたのは事実だ。悪かった」

「やめて。謝らないで」


 謝罪されればされるほど、私の死への期待が大きかったような気分になる。真実がどうでも死を願われたと感じるのは嬉しくない。私は私をごまかした。


「それぐらい私を想ってたってことだもの」

「どうすればきみが手に入るかと考えてしまって――」


 アリステアはそう言うけれど、あなたが欲しかったのは。私によく似た誰かじゃないの? だけどそれを追及したらまた泣いてしまいそうで言えない。


「まだ悲しそうだね?」


 アリステアは私の頬に手を伸ばし、ギリギリで止めた。その指先に目を落とした私はかすかにうなずく。


「悲しいわ」

「――どうすればいい?」


 訊かないでよ。これまでみたいに問答無用で抱きすくめればいいじゃない。

 泣きたくなくてゆがめてしまった顔を隠してうつむいた。そこにあったアリステアの指に私の吐息がかかる。

 いいから。

 お願い、このまま腕に入れて。


「エルシー――」


 近づいたアリステアは静かに腕を私の体に回した。私は顔を上げなかったけど、逃げもしなかった。


「ああエルシー」


 すっぽりと抱かれる。

 アリステアの腕の中はどうしてこんなに心地よいんだろう。それが悔しい。


「ステアのばか」

「こんなにきみを愛してる夫にごあいさつだな」

「夫婦のフリしてるだけじゃない」

「フリじゃない方がいいのかい?」


 それは、どういう意味かしら。スルリと手が背から腰に下りる。身を硬くした私の耳もとで息がかすかに笑った。


「――きみと夫婦になれればよかったけど、私ではに求婚するにふさわしくなくて」


 そうよね。養父はずいぶん嫁入り先を厳選したみたいだし、まともに求婚してもはねつけられたことでしょう。

 アリステアがどんな仕事をしているのか知らないけど、相手のお金にも身分にもこだわったはず。だからなかなか話が決まらなかったのよね。


「でもできれば生きているきみが欲しかったよ。痛いのも苦しいのもかわいそうだ」

「……まあ、撃たれたのは痛かったわ」

「わりと苦悶の表情だったな」

「え」


 やだ、死に顔なんて意識してなかったけどブサイクだったの?

 顔を上げたらアリステアは楽しそうに私を見下ろしていた。くそ、ひっかかったかしら。


「大丈夫、きみの顔ならどんなでも好きだ」

「うわあ、ヘンタイ」


 ついうっかり昨日からの本音が口をついた。アリステアが不満そうに唇をとがらせる。


「何がだい。痛みに耐えて受け入れてくれる顔を見るのは、たいていの男の喜びじゃないかな」

「なんのことかしら!?」


 しれっとそういうこと言うからヘンタイだっていうのよ。突き飛ばして逃げようとしたけど、今日もやっぱり力ではかなわなくてジタバタしてしまった。


「でもね、他の奴にきみを痛めつけられたのは放っておけない」


 にこやかに笑いながらアリステアが言って、私は動きを止めた。


「私のエルシーを殺した報いは、受けてもらわないとね」


 ふふふ、と微笑む顔はきれいだけど冷たくて、何を考えているのかわからなくて、かなり怖かった。

 最初にアリステアに感じたことは正しかったかも。この人、ヤバい。


 私を救ってくれたのは、お伽話の魔法使いじゃなく死霊術師ネクロマンサーだったのです。めでたしめでたし。

 ……とはならないわね。たぶん。


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