幕間 旅の途中

アリステア・カーヴェル


「ねえステア、ベリントンはとてもにぎやかだって聞いてるの。ちょっと楽しみ」

「ああ。きみと街を歩きたいな。いろいろ見せてあげるよ」


 私は腕の中のエルシーのこめかみに軽く唇をふれた。ひゃん、と小さな反応が返ってきて笑ってしまう。


 エルシーを抱くようにして馬に乗せ、二人だけで旅をする。

 まさかそんな日が来るとは。

 こうも幸せでいいんだろうか。その点はエルシーを襲った犯人に感謝したい。

 まあもちろん、エルシーを殺すなんて大罪を犯した奴だ、見つけ出して始末するのは決定事項だが。



 私はエルシーを大切に守りながら移動を続けた。

 馬に慣れないエルシーに無理はさせられない。一人で旅する時よりこまめに休憩し、早め早めに宿もとる。進みは遅くなるが仕方あるまい。

 捜索の手が伸びる前にエルシーをベリントンの我が家に隠してしまいたいとは思う。だがエルシーの体が心配でならないんだ。

 なんといっても生き返ったばかり――まさか本当にそんなことができるだなんて。我ながら驚いた。


 とはいえ、この先エルシーは健康に生きていけるのか――いや、すこやかに死んでいられるのか。その保証はどこにもない。

 不意に私の手から消えてしまうのじゃないかと考えると胸が苦しかった。


 私にも死霊術ネクロマンシーの真髄が理解できているわけじゃない。

 ただ願っただけだ。この人を私のそばに留めたいと。

 自分の為すべきことを思い出してくれと念じて息を吹き込んだ。すると彼女の中で何かが動いた。

 ピクリとした唇。血にむせた胸の震え。目の前で開いた瞳。

 まさか本当に生き返ってくれるなんて。



 彼女は通りすがりでエリーに似ていると驚いた少女だ。何者なのか調べ上げ見守るうちに、手に入れたいと願うようになった。

 共に生きることはできなかったエリー――その代わりに?

 いや違う、エルシーはエルシーだと思う。見れば見るほど違いがはっきりする。

 エルシーは、エリーよりも大胆で強くて進歩的で――そして私のことを愛してはいない。それはわかっている、まだ数日の付き合いだからね。

 できればエルシーの心まで手に入れたいものだ。

 だから私は毎晩エルシーに口づける。これは生き返らせた時にしていることだから、エルシーも仕方なく受け入れて抵抗しない。

 そうして少しずつでいい、私になじんで近づいて、私なしではいられなくなってくれ。




 立ち寄った村の一軒の民家。泊めてもらえたのは小さな部屋だった。

 並ぶように置かれた寝台の一つでスースー眠っていたエルシーがひそかなうめき声をあげて、私は起き上がる。


「――エルシー?」


 そっと呼びかけても返事はない。寝言、なんだろうが――。


「……や、いや」


 小さな泣き声。こんなの放っておけるものじゃない。

 エルシーの様子をのぞきこむ。暗い中でぼんやり見える白い顔は、たぶん悲しみにゆがんでいた。

 無理もない。

 撃ち殺されたばかりなんだ。仲良しだった専属メイドが死んだのも見てしまっている。夢を見てうなされるのも当然だろう。


「……怖かったね」


 そうっと頬をなでる。布団の上から軽く抱く。

 もがくようだったエルシーの腕が止まり、手が私にすがりつく。いいよ、頼ってくれ。



 生き返るなんて、そんな目にあいながらエルシーは気丈だと思う。

 眠りながら泣くぐらいで済んでいるんだから大したものだ。もっと錯乱されるのも覚悟していた。


 ――私がいるから、だといいんだが。それはうぬぼれか。

 私が包み、守る。だから大丈夫だと安心させてやりたい。 


 だがその先で――私とエルシーが寄りそって生きることはできるのか。心を寄せ合って生きることは。


 未来は何も見えなくて、この夜のように閉ざされていて、確かなものは手の中のエルシーだけだ。

 私も怖い。

 だからエルシーをこの腕に閉じこめておきたくて仕方ない。

 もういっそこのまま――。




「ひゃっ! ちょっ、なんで一緒に寝てるのよ!」


 夜が明けて、私は腕の中でもがくエルシーの悲鳴に叩き起こされた。

 今朝もエルシーは元気いっぱいで、私は安堵し抱きしめる。笑みがとろけているのが自分でもわかる。


「ニヤニヤしないで! てか放して!」

「いやだ。私のエルシー」

「あなたのじゃなーい!!」


 エルシーはそう言うけれど、私のものになってほしいな。

 いや、そうしてみせるよ。

 覚悟しておくといい。


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