殺されて新生活

第9話 新しい居場所


 アリステアに連れられてたどり着いたベリントンは見たこともない大きな街だった。

 でも私が身を落ち着けたカーヴェル家はこぢんまりして、手入れの行き届いた石造りの建物。

 中心市街からはやや離れたゆるやかな丘の中腹にあって治安は悪くなく、それなりの家庭が多いのかもしれない。そんな地区で独り身の男が使用人夫婦だけと暮らしていたなんて、悪目立ちしそうなものだけど。


「近所付き合いのことは知らないな。私はあちこち出かけているし」

「……なんの仕事をしているの?」


 私の目を真っ直ぐに見つめたアリステアは、指を唇にあてた。


「内緒」

「……」


 カーヴェル家で暮らすようになっても、けっきょく私にはアリステアが何者なのかよくわからない。

 最初からずっと「あなたは誰」と思っていたけど、夫婦を名乗りつつその点は変わらないだなんて思わなかった。ひどいものだわ。

 これは妻に対する裏切りだとか言って、そのうち離婚事由にしてもいいかも。まあ正式に結婚してるわけじゃないけど。


「エルシーおいで」


 居間のソファに私を呼んで、アリステアはぴったり隣に座らせる。

 家にいると常に私をそばに置きたがるアリステアを、使用人のジャックとメラニーはニコニコと見守っていた。


「だんな様は、本当に奥さまをかわいがっておいでですよねえ」


 ショートブレッドと紅茶をテーブルに置きながらメラニーが言うと、アリステアは私の肩に手を回した。


「ジャックだってきみのことをかわいがっているだろう」

「そんなことありますけども、おほほ」

「ははぁ、いや照れますな」


 確かに。もう中年のジャック・マサーズとメラニー・マサーズは、何年連れ添っているのか知らないけどとても仲がいい。


 二人はアリステアに対して絶対的な信頼を抱いているようで、突然連れて来た私のことを喜んで迎えてくれた。


「あらあら、だんな様に春が!」

「うちに奥さまができるとは!」


 目を丸くした二人は、アリステアが妻を迎えるとは思ってもいなかったみたい。

 それは本人の性格的な問題かしらねー。この人見た目はいいのだけど中身がアレだもの。

 身ひとつで現れた私のことを詮索するでもなく、メラニーは何くれとなく世話を焼いてくれる。娘といってもいいぐらいの私が来て浮かれてるのだと思う。ジャックの方は私を頼ってくれたりするし、それも嬉しい。


「奥さまがおっしゃったように、角の花壇を底上げして高く造り直してみましたぞ。水はけが大事ということなので」

「まあ、ジャックったら仕事が早いのね」

「教えてもらいましたら、そりゃあ張り切りますわのう」

「土が落ち着いたら植え替えてみましょうね」


 家の裏側には小さな庭がある。そこにアリステアが指示した草花をいくつか植えていたのだけど、ジャックは元が庭師ではないので枯らしたり弱ったりしたものがあるのだった。

 ならここは田舎で植物に囲まれて育った私の出番でしょ。婚期が遅れて暇だったぶん、草花のことを勉強した甲斐があったというものよ。


「私の庭をエルシーが世話してくれるなんて嬉しいな。いい子だね」

「子ども扱いしないで?」


 むくれたらメラニーが困った顔をした。なのにアリステアは優雅に紅茶を飲みながら知らん顔する。

 自分だって二十四歳だと言っていたし、たいして変わらないくせに。


「ところでステア、植え替えようと思っているのはジギタリスなんだけど。何故あんなものを育てているの」

「別に? 花が綺麗だろう?」

「……ヘンベインやベラドンナも植わっているのよねえ」


 どれも毒性が強いものばかり。普通に料理に使うハーブも育てているけれど、その一角にサラッと全草が毒なものが混ざっていて驚いたのよ。あっぶな。


「毒持ちの草はそれだけを隔離して植えてあったわ。わかっててやったんでしょ」

「さあ、どうかな」

「でもね、植物によって日当たりや水はけの好みが違うの。だからうまく育たなかったのよ」

「へえ。さすがだね、エルシー」


 この人ったら何を言ってものらりくらり。あの毒草、どうするつもりなのよ。

 麻酔に使えるものだし、医者なのか。それとも薬の研究でもしているのかしら。

 だけどもしかしたら、やっぱり毒として――殺し屋だとか? あるいはそういう人に売るためだったりね。そんな裏稼業なら私には秘密でしょ。怖がって逃げるかもしれないもの。


「おや、誰か来たかな」


 玄関のノッカーが鳴り、アリステアが顔を上げた。ジャックが確認しに行き、すぐに戻ってくる。


「ハリソンさまです」

「そうか。応接間に通してくれ」


 飲みかけのティーカップを置き、アリステアは立ち上がった。

 私がここに来て半月と少しが経つ。来客は何回かあったのに、私は誰にも紹介されたことがなかった。


「ハリソンさんというのはどんな方なの?」

「私以外の男に興味を持つのはやめておくれよ?」


 尋ねてみたら冗談で返された。いえ、冗談じゃなく本気かもしれないけど。


「ステアが何をしているのか知りたいだけ」

「私への興味ならまあ仕方ないか。ハリソンはね――巡察隊員だよ」


 アリステアはいたずらっぽく言った。

 巡察隊。ベリントンの公的な治安維持組織。そこの隊員?

 それだけでは何もわからない――だけどひとまず後ろ暗いことをしているのではなさそうで、私はホッとした。


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