第6話 脈打つ心臓


「ところで私たちどこへ向かっているの?」


 馬を降りて休憩する木陰で私は尋ねた。

 布を広げ腰をおろしたけど、休ませたいのは馬の方。二人も乗せてくれてありがとう。過ごしやすい気温なのが救いよね。

 たどる街道はわりと広く、往来もある。こんなに人目につく道にいていいのかと心配なぐらいだった。ポツポツと村があり、田園が途切れず、林檎の白い花が時おり目に楽しい。


「どこ――ああ、言ってなかったか」


 そう、あなたは私に何も教えてくれていないのよ? 私の頭が疑問でいっぱいなのをわかっていただけると嬉しいわね、だんな様。


「ベリントンに行くんだよ」

王都ベリントン?」


 それは――元々の私の目的地なのだけど。このセルトランド王国の都であり、いちばん大きな街。


「私もベリントンが本拠地なんだ。あそこで仕事をしていて」

「そうだったの……」

「きみを子爵家に渡したりしないよ。心配しなくていい」

「だーかーらー! どうして私がそれを心配するのよ」

「私と離れたくないだろう?」


 むう。

 どうしてこう自信家なのかしらね。そりゃアリステアと離れて私が生きていられるのかはちょっと不安だけど、別にアリステアその人のことはなんとも思ってない。むしろヘンタイ認定してるし。

 だってそうでしょ? 死体の私に口づけして、服を切り裂いて、胸の傷口をまさぐるような男だもの。かなりアレだと言っていいはず。

 アリステアは私の肩を軽く抱き寄せ、頭をなでる。もういちいち反応するのはやめたわ。とはいえ、この人の接触過多に慣れてきてしまった自分が嫌だ。


「向こうで私の妻として暮らそう」

「え、だって私、死んでるのよね? そんなのを連れて行ったりしてご家族が驚くでしょう」

「いいや、私に家族はいない。使用人だけだから気にしなくていい」

「あら」


 なかなか寂しいカーヴェル家。いえ、死霊術ネクロマンシーなんてものを身につける人だもの、普通じゃない人生だったのかもしれない。


「ねえ、ネクロマンシー、てどういうものなの。私、生きている時と何も変わらない気がするのよ」


 この事態の核心に迫る質問をしてみた。

 魔法や魔術なんて信じていないけど、私の身の上に起きたことなら知りたいと思う。

 秘術だとかで教えられないのかもしれないけど、訊いてみるぐらいはいいわよね。当事者なんだから。


「変わらない、か。大成功だな」


 アリステアは満面の笑みで私を見つめた。それは――作品をながめる目なのかも。そう思うと胸がざわめいた。

 そんな反応すら生きている証のように感じてしまう。死んでるなんて信じきれない私がいるのも仕方ないでしょ。


「死んだ私の魂をつかまえて体に戻す、みたいなことなの?」

「――違う気がする」


 ふうむ、とアリステアは考え込んだ。気がするって。はっきりした術とか理論とかではないのだろうか。


「私は、きみの生きる意志を呼んだだけだ」

「生きる、意志――?」


 顔を上げ、静かに私を見るアリステアの言うことは曖昧だった。


「意志、あるいは為すべきこと。それを残しているのなら再びおこなえ、ときみの中に働きかけた」

「――わからないわ」

「そう、みんなわからないんだ。そして道半ばで死んでいく」


 ふふ、とアリステアは微笑んだ。柔らかいのに凄絶な笑みだった。


 意志を為せ。

 そうアリステアは私に命じたのだという。


 自分は誰なのか、何故存在しているのか。生き物は本来知っているはずなのだとか。

 無意識にそれを探り、見つけ、そのために必要な条件を整える。それがということ。


「それは……哲学とか、そういう分野なのではない?」

「おやエルシーは学問も修めたんだね」

「修めたわけじゃないわ。なんとなくの教養だけ」


 政略結婚させても恥ずかしくないよう、最低限の知識を与えられたというのが真相だもの。

 引け目を感じて顔をそらしたら髪を一房取って口づけられた。もう、この人はさぁ。さすがに頬が赤らむのを話してごまかす。


「私が何かをしたいと思っていたからステアの呼びかけに応えて動いてるってことなの? そりゃ嫁入りしたら頑張ろうとか、ベリントンはどんな所かしらとか、楽しみではあったのだけど」

「んー、そういうのではなく」


 アリステアは首をかしげた。


「きみ個人の欲望とは別のもの。生得的なものだ。言うならば

「運命……私の運命なんて」

「きっと私と出会うためによみがえってくれたんだね、エルシー」

「ちーがーうー!」


 すっぽり腕に収められ、私は形ばかり抵抗してみせた。本気じゃない。

 だってこうしていると不安が消えるの。アリステアも私を抱いていると幸せだと言っていたし、今はこれでいいのかも。


「で、ステア。けっきょく私は生きてるの? 死んでるの?」

「じゃあ生きているとはどういう状態だい?」


 抱き、抱かれながら私たちはささやき合った。愛の語らいとはかけ離れた内容を。


「わからないけど……私、心臓も動いているし、息もしてるし」

「生き物に血をめぐらせるのはどんな力かな? 息をしたいのは何故? それらが止まれば死なのかい? 何によって心臓が脈打つかを問わなければ、きみは生きていることになる」

「おかしな問答よね……」


 私の心臓を動かす力がアリステアからもらったものだとしても、言っていいのかしら。

 私は死んでいるけど生きている、て。


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