旅路は果てなくとも

第41話 死霊な死霊術師


 アリステア、あなたにも死霊術ネクロマンシーがかかっているのね。あなたの時は止まっていて――私と同じなのね。

 これまでのおかしなこと。あなたの過去。時間のずれが腑に落ちた。

 この魔女のお師匠さまがアリステアの同輩ってことで……ええと、あなた何歳なのよ?


「もう、あとで、根掘り葉掘りするんだからね?」

「んーまあ私たちには時間がたっぷりあると思うから。それでもいいよ」


 アリステアは私の肩を抱いて頬に軽く口づける。目の前でそんなことをされて魔女さんはイラッとしたみたいね。怒鳴りつけられたわ。


「おまえたち、その秘術をどこで身につけた!」

「どこもなにも、研究会で言われていたことを実践しただけだ。。ダイアナも強く願ってみればいい。ああ、死ぬ時にね」

「死ぬ、時――? 馬鹿なことを」

「馬鹿とは心外だな。そんなこともできず人の命をもてあそんでいるのかい」


 あきれたように肩をすくめるアリステア。逆に馬鹿にした目でダイアナを見る。


「心臓をえぐられる痛み。近づく終わり。めぐる記憶。置き去りの約束。直面してみるといい」

「そんなもので――」

「きみのやっていることよりはマシだよ。まやかしの儀式にインチキの秘薬。金を集め畏怖されて楽しかったか? それがめぐりめぐって、この人エルシーは殺されることになったんだが」


 冷ややかに言ってアリステアは立ち上がった。手を差し出され、私も横に並ぶ。


「踏みにじられた命ひとつひとつのことまでどうこう言う気はないよ。私は正義の味方じゃない。だが彼女が受けた苦しみの分は、返してもいいよね?」

「――あたしを殺そうってのかい」

「おいおい、私に手を下してほしいとか言わないでくれ。きみなどに、そんな」


 アリステアはとことん冷たい。ダイアナにはその価値もないと言い捨てて、きびすを返した。

 そう、もう少ししたら巡察隊が踏み込んできて魔女一味は捕まる。そしてたぶん待っているのは絞首刑。私たちは何もしなくていい。

 ダイアナの操る魔術がすべて嘘っぱちで死霊術になど届かないものなら、ここに用はないわ。


「お待ち!」


 わなわな震える声でダイアナが叫んだ。私はチラリと振り向いたけど、アリステアは一顧だにしない。


「死ぬ時なんかじゃなく、今それを教えてみせな! おまえたちが本物だなんて認めない! 師匠だってできなかったことだ!」

「バーナードにはできなかったか……それなりに幸せに生きたんだね。すべてを成し遂げたなら、よみがえる必要などないのだから」


 やっと足を止めたアリステアが小さく笑った。


「きみにもできないかもな。もてはやされて楽しく生きてきたろう?」

「うるさい!」


 激昂したダイアナが手近にあった燭台を投げつけた。真っ直ぐこちらに飛んでくる。固まった私をかばってアリステアが腕で叩き落した。


「まったく……ヒステリーは嫌だ」

「手が……!」


 手の甲が割け、血がしたたる。息を呑んだ私を尻目にアリステアはそれを見せつけるようにかざし、ニヤリとした。みるみる血が止まり、傷が癒えていく。ダイアナが後ずさった。


「ヒ、ヒイッ……!」

「どうかな、本物だと認めるか?」

「ば、化け物ッ! 化け物!」


 物音と魔女の大声で裏にいた人々が動いたようで足音と声がした。囲まれて出ていけなくなったらどうしよう。

 周りを気にした私に微笑みかけたアリステアは、ずかずかと壁ぎわに歩いていく。そこにあった燭台をポイとカーテンに向かって投げると、火が移り、燃え上がった。


「ちょっと!? 何してるのよ!」

「わあ大変だ、火事だね。逃げないと」


 アリステアは笑いながら私の手を引っ張る。

 駆けつけてきた魔女の取り巻きさんたちも、叫んだりうろたえたりよ。火から遠ざけようとかばわれたダイアナが「あいつらをつかまえて!」と叫んだ時には、私たちは部屋を走り出ていた。


「無茶苦茶するわね」

「そうかい? まあこんな館、焼け落ちてもかまわないし」


 ざわめく魔女の館。悲鳴と叫び声。右往左往する人々の間をすり抜けて通りまで出ると素知らぬ顔で歩く。私は気づいてハンカチを出した。


「血、拭かないと」

「ああ、ありがとう」


 アリステアは大人しく手を差し出す。傷はすっかり消えていたけど、流れた血は残るのよ。私が死んだ時にもドレスは血まみれのままだった。

 さっきの傷はけっこう深そうだったのに、アリステアはたぶん自分の意思で治したんだ。あんなにすぐ消えるなんて。

 私とは違って死霊術を使いこなしているのね――それだけの経験を重ねてきた。私には内緒にしていたけど。


「――ばかステア」

「あ、また言った」

「言われる心あたりがあるでしょ」


 そうだね、と笑うアリステア。きれいになった手を私の腰に回し、引き寄せる。


「じゃあ帰ろうか。ハリソンに見つかる前に」

「うん、帰りましょ。話はそれからね」

「――長くなりそうだな」

「今まで秘密が多すぎたからよねえ? 自業自得です」


 ほんとそう。訊かなきゃならないことが山ほどあるわ。

 だけど大丈夫、私たちには遥かに長い時がある。

 今までアリステアが一人で過ごしてきた時間がどれほどなのか、その孤独がどんなものだったのか。私はそれを知らない。

 でもね、これからは。

 私があなたの隣にいるの。一緒に同じ時を過ごすの――だからもう、寂しくないわ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る