幕間 ベリントン某所

ダイアナ・グラント


 ここのところ、気分がすぐれない。

 あたしも六十歳を過ぎた。魔女だなんだと怖れられても、トシで体がきかなくなるのは仕方ないね。病気というわけじゃあないんだけど。

 ただ腹の立つことが続いただけさ。


 便利に使えて金も出してくれたウィンリーが死んだ。

 その前から巡察隊が嗅ぎまわってうっとうしかった。

 側の連中は浮き足立った。

 胆が据わってないんだよ。情けないったらありゃしない。

 元から嘘っぱちの占いで金を集めて成り上がったんだ、それぐらいなんだい。


 今日は新しい客だそうだ。エイブラムが連れてきた。

 まだあたしにすがってくる人間だっているのさ、捨てたもんじゃない。

 せいぜい搾り取ってやろうねえ。


 待っていたのは若い男と女。男はなかなか綺麗だよ、儀式に追い込んで味見してやろうか。女の方もかわいいけど、これ夫婦かい、いい男をつかまえて憎たらしいこと。


「おまえたちは何を望む」


 重々しく言ってやったら、男の方が綺麗な顔のまま笑ってヒヤリとした。


「久しぶりだね、ダイアナ」


 凍りついたね。こんな若い男に名を呼ばれるいわれは――久しぶり? どういうことだい。


「私がわからないか? 昔バーナードのところで会ったことがある」


 バーナード。それはあたしの師匠だよ。とっくに死んだ。


「あいつは私を見るなり悲鳴を上げたものだったが、きみは師匠とは違うのかな」


 師匠が悲鳴を? そんなことがあったかと考えて、あたしはヒイッという声を飲み込んだ。

 ――この男、知ってるよ。見たことある。

 だけど嘘だ、ちっとも姿が変わらないじゃないか。あれは、あれはもう四十年近く前のことなんだよ。


 あたしは二十いくつ、それなりにキレイな女だった。占星術や神秘にのめり込んで、師匠の元で学んでた。客のみんなにチヤホヤされてさ。いい気分だったね。

 そんな時だ。この男が師匠を訪ねてきたんだ。ひと目で師匠は悲鳴を上げた。


「お、おまえ、生きて!?」

「いや、それはどうかな。死んでいるのかもしれない」

「何を言う、秘術を完成させたんだな?」

「完成……そんなことじゃないよ」


 そのあと師匠は男と二人、長いこと話してたねえ。何を話したんだか教えてくれなかった。

 これは、あの男だ。そりゃ久しぶりだわ。


 腹の底がゾワゾワしたけど、あたしだってと呼ばれる魔女、にらみつけてやる。


「――思い出したよ。あの時師匠とはなんの話をしたんだい?」

「たいしたことは。私たちの先生の思い出話とか、かな」

「――化け物」


 ひどいけど、ふさわしいだろう言葉を投げつけてやったよ。

 息が上がるのを懸命に抑えた。冷や汗がダラダラ流れる。

 この男、バーナード師匠の若かりし頃の友人ということかい。その頃から姿を変えずに生きているのかい。

 そんなの、化け物としか呼べないよ!


「やっとわかったわ――」


 一緒に来た女の方が細い声を出した。青ざめているが、微笑んでる。なんだか嬉しそうだね。


「あなたもなのね。おかしいな、て思ってた。どうして言ってくれなかったの」


 はずむ声に男がとろけるような笑顔を向けた。くそったれ、なんだいこの女――いや待ちな、あなたって言ったかい。


「きみが頑張って考えてる姿がいいと言ったろう?」

「えええ? これを秘密にするのはさすがにダメだと思うわよ」

「そうかな。悪かった、おわびに今夜は抱きしめて眠ってあげよう」

「いりません! 苦しいし」

「おまえたち、不老不死の秘術を得たのかい?」


 あたしそっちのけで話す馬鹿夫婦に強めに訊いた。振り向いた男が目を細めてあたしを吟味する。


「ふふ、ダイアナは自分に不老の術をかけていないな」

「あたしが年をとったと? 悪かったね」

「――きみは不老でも不死でもない。ここには死霊術ネクロマンシーをきわめた者もいないんだろうね」

「死霊術――」


 なんだいそれは。正気?

 男はため息をついて肩をすくめた。悲しげな女がそれをなぐさめる。あたしには目もくれない。

 あたしの占いに来てあたしを無視するとはどういう了見だ。気に入らない気に入らない気に入らない!

 金なんかどうでもいいから殺してやりたくなったけど、不老不死の人間を殺すとどうなるのかわからない。それとも殺せないってこと? ああもう、動悸がひどい。

 そしたらとどめのように男が言いやがった。


「あ、私たちは不老不死ではないよ。一度死んで、よみがえっただけだ」


 ああ、それが死霊術だろうさ。

 だけどこんなふざけた言い分、聞いたことがないよ!


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