第40話 秘密


 アリステアはいったい何歳なのか。

 尋ねてもきっと答えてもらえない。私には二十四歳だと言ったんだもの。


 だけどそう、メラニーは困った顔をしていたわ。あれは「ステアだって若いのに私を子ども扱いする」とすねた時だった。

 あと、六年ほど付き合いがあるハリソンさんは「アリーは見た目が変わらない」ってぼやいてた。

 ハリソンさんは単純にうらやましがってるだけね。だけどメラニーとジャックはわかってるのよ、って。だから微妙な顔をする。

 口にしないのは恩のある主人だから。何者でもかまわないと思っているから。なんて忠実なの。


「私が気にする立場じゃない、わね」


 私だって普通じゃない。生き返った死体だわ。そしてそんなことができるアリステアも、普通じゃなくて当然なのよ。

 いいの、アリステアが何者でも。だってアリステアはアリステア。あなたがなんだろうと受け入れる。だけど。


「何も教えてくれなかったら、それでいいって言ってあげることもできないじゃない……」


 私、あなたの妻になったのに。

 秘密があるのがとても悲しい。




「準備はいいかい、エルシー」

「……私の支度なんて、何かある?」

「いや? 心の準備ぐらいかな」


 ある朝早く、私たちは家を出た。

 目的地はベリントンの商業地区の少し裏。富裕な商人の邸宅が建ち並び、貴族が訪ねてもおかしくない立地。そんな場所にダイアナは隠れているらしい。


「今日の昼に、巡察隊が包囲する。それまでに話をすませて逃げようか」

「ハリソンさんが教えてくれたの?」

「まさか。もっとなんていうか……私の頼みを聞いてくれる者がいてね」

「ふーん」


 なんとなく理解したわ。誰かの弱みを握っているんでしょ。それも、そんな情報を知る、上の立場の人間なのね。

 どうやら私の夫は脅迫も生業なりわいにしているみたい。


 おかしいと思ったのよ、ハリソンさんみたいな人からお金なんてそう取れるはずがない。というか情報のギブアンドテイクをしているだけで金銭的なつながりじゃないように見えたし。

 アリステアの経済基盤は別にあるんだわ。

 ……ほんとに、秘密ばかりね。さびしいな。私ってアリステアのなんなのよ。妻だって言ってくれたのに、どうして内緒にするの。


「ばかステア」

「――なんだって?」


 うっかり声に出したら目をパチクリされたわ。


「なんでもなーい」

「いや……何かあるだろう」

「いいの。あとで」

「うん……?」


 ツーンとして歩く私を、アリステアは首をひねってながめていた。



 そして到着した魔女の館。ううん、普通の豪邸なんだけど、そう言った方が気分出るでしょ。その前で私はハタと止まった。


「そういえば、どうやって入るの」

「ん? こんにちは、て挨拶してくれ」

「ふざけてるわね?」

「いいや本気だ」


 アリステアは開いていた門をスタスタくぐり、玄関をノックした。顔を出した執事っぽい人に当然のように会釈する。


「やあこんにちは。こちらにエイブラムという人がいると思うのだが、カーヴェルが訪ねてきたと伝えてもらえないか」

「かしこまりました。では中でお待ち下さい」


 ……ほんとに「こんにちは」って言ったわよ。言っとくけど、まだ朝だからね!

 でもつまり、呼び出したエイブラムさんに話を通してあるのね。急に訪問するけれどダイアナに引き合わせろ、と。それも何かをネタにしての脅迫なのかしら。

 なんだかアリステアをどんどん信じられなくなってくる。いえ、信じてるっちゃ信じてるわ、ペテン師の手腕なら。


「ああ、これは……ミスター。いらっしゃい」

「やあ邪魔するよ」


 私がほとんどヤケクソで微笑を浮かべていると、奥から中年の男が現れた。これがエイブラムね。なんだか長いローブを着て、肩には布を掛けて、ジャラジャラと石の装飾品をさげている。


「あの方は、まだお支度の最中で」

「おや。んー、早い時間に失礼だったか。だけどね」


 アリステアはささやき声になった。


「昼には、まずいことになるよ」

「は、はあ。では一人目としてお通ししますから、少々お待ちを」


 声を上ずらせ、汗を拭きながら引っこむエイブラムに手をヒラヒラさせて、アリステアはのんびりと座り直した。私は小さく訊いた。


「……何て言って脅したのかしら」

「人聞きの悪い。彼は元々ただの占い師でね。それがに引き込まれ流されて、今じゃ幹部だ。いいかげん犯罪が嫌になったんで、この機会に組織から逃げられるならいくらでも協力してくれるんだってさ」

「逃がすの」

「ここじゃなく、自宅で捕まる分には私はあずかり知らないよ」


 それ絶対でしょう。


「あなたって、もう……」

「頼りになるだろう?」

「前にもこんな会話あったわ」


 がっくりする私に、機嫌よくアリステアは笑った。



 通されたのは薄暗くした部屋だった。

 仰々しくドレープを寄せた布が下がり、水晶玉だのロウソクだの、雰囲気のある品が揃ってる。いかにも、て感じ。

 質素な客用の椅子に座っていると、カーテンの向こうからは現れた。


「――おまえたちは何を望む?」


 高圧的にそう言ったのは、老女だった。

 ――これがダイアナ? アリステアの言う「あの」なの? 私が混乱していると、アリステアはせせら笑った。


「久しぶりだね、ダイアナ」




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