第42話 百一歳ネクロマンサー
――信じられる? アリステアったらね、もう百と一年生きているんですって。
「私たち、超・歳の差夫婦じゃないの!」
「一度死んだのは二十四歳の時だし、そこで私の時は止まってるんだよ。その言い方はひどくないか? あれからたしか七十七年だけど……」
年数があやふやになるほどの時間だったのね。
たまらなくなって私はアリステアをギュッと抱きしめた。そっと抱き返してくれる。
帰宅して、私の部屋の長椅子。
昼食をいただくより何よりアリステアのことを聞きたくて、メラニーには待ってもらっちゃったわ。
ちょっとだけ話をさせて。だって食事なんかよりずっと大切なことよ。
「何があって死んでしまったのか、訊いていい?」
「もちろん。ただの戦争だ」
「せん、そう……」
小競り合い程度のものなら、ちょこちょこと起こってる。だけどアリステアが従軍したのは内戦に隣国も絡んだ、わりと大規模なものだったそう。
「昔、王弟が不満をつのらせて兄王を倒すために海の向こうの隣国に内通した。北方の港に上陸した敵を迎え撃つために私も出陣して、銃弾に倒れたのさ」
「えーとナントカ何世の話だったっけ。歴史で勉強したけど……」
「忘れたか。すごいだろう、私は生き証人だよ」
ニッコリされてもねえ。死に証人だと思うし。
「その戦場で、私の陰にいたおかげで助かった男がいてね。ネイサン・ダンタスというんだ」
「ダンタス?」
「ジョンの祖父さ」
あ……保守派の庶民院議員ジョン・ダンタスさん。ウィンリー子爵を呼び出すのにお世話になった方ね。そのお祖父さまがアリステアの戦友だったのか。
「最期に聞いたのは、あいつが『カーヴェル!』と叫んだ声だった。こんなところで死ねない、私の為すべきことをと想いながら倒れた。そうしたら、ふと目が開いたんだ。戦いはもう場所を移していて周りには戦死者だけだった」
「ステア――自分に死霊術をかけたの?」
「そのようだね。最初はわけがわからなくて――」
たしかに胸を撃たれたはずなのに、傷はなく、でも血まみれ。私の時と同じね。
私には状況を説明してくれた上に突然の愛をそそいでくるアリステアがいたけど、ひとり放り出された当時のアリステアは半狂乱だったそう。しばらくは近くの荒れ果てた村の跡にひそんでいたんですって。
「茫然とその場に残っていれば救護兵が回収しにきたかもしれないが……怪我もないのに戦場を放棄したと裁かれるか、死んだはずなのにとネイサンが証言してわけがわからないことになるか」
「どっちも困るわ」
「だから結果的には良かった」
アリステアが落ち着いた頃には戦争も終わり、なんとか暮らしていかなくてはと思って戦友ネイサンを訪ねたら。
「亡霊を見る目をされたね」
「そりゃあそうでしょう……」
「それでも私は命の恩人だ。感謝されついでに、徹底的に頼らせてもらうことにしてさ。子々孫々私を援助することを約束させたよ」
「ちょっと!?」
ということは、ダンタス議員は祖父の言いつけに従って無茶ぶりに協力させられていたの? なんかごめん。
というかジョン、て呼んでるけど議員は何歳なんだろう。それなりの年齢な計算になるはず。子どもの頃からアリステアと面識があるんでしょうけど、かわいそうにねえ。
「私にだってネイサンとの友情という義理がある。こちらもダンタス家の役に立つという相互扶助協約だ。気にしなくていい」
ゆったりと微笑んでみせるアリステア……この人、一度死んだことで何かのリミッターが飛んだのかもしれないわ。
私だってかなり開き直って自由に振る舞っているけどね。なんかそうなっちゃうの。もう何をしたっていいや、て感じ。そんなところが似た者夫婦でいいのかしら。
「それからは――時間もあるし、束縛するものは何もないし、気ままに」
「探り出した秘密につけこんでお金を稼いだり?」
「エルシー、ひどいな」
苦笑いするアリステアはとても優しい目。だけど言うことはやっぱりハチャメチャだった。
「そういうのは腹の立つ相手にしかしていないよ」
「……してるんじゃない」
「もちろん。アコギが過ぎる実業家、売国の政治家――」
「大物ばっかりね?」
「そんなにやったわけじゃないよ? 危ない橋は渡りたくないし、元手があれば投資で稼げるから。それに人助けだってしている」
「そういう人たちを、またうまく役に立ててるんでしょ」
言ってみたら薄く笑われた。そうなのね。
でも複雑な気分。アリステアはとんでもないけど、今の私の生活もその上に成り立っているのよねー。
「とまあ、それが私の秘密かな。こんなものでいいかい、エルシー? お腹がすいたよ」
「やん、まだよ」
「お昼だって言ってるだろう」
チュ、と唇をついばまれたけど、肝心のことを聞いてないでしょ。
私は手を突っ張って、抱き寄せられるのを拒んだ。首をかしげるアリステアにビシッと言う。
「エリーのことも、教えてほしいわ」
むぅ、と唇をとがらせたらアリステアは目を丸くした。
「ああ、そうか――そうだったね」
「忘れてたの?」
「エルシーが私の妻におさまってくれたから舞い上がっていたのかな。エリーはきみにつながる人だし」
「え」
「彼女はエルシーの曾祖母にあたるんだ」
サラリととんでもないことを言われて私は動けなくなった。
ひいおばあちゃん? エリーが? 私の?
どういうことだろう。私は中空を見上げて家系図を考えた。
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