第43話 わたしたちの旅路


 曾祖母。祖父母の誰かの、母ね。考えてもわからない。会ったこともないと思うし。


「ひいおばあちゃんて四人いるわよ。どの系統?」

「クロウニー男爵家で男児を産んだ人だ」


 訊いた方が早いと思ったらアリステアがあっさり答えてくれた。

 だけど、ということは、よ。


「ステア以外の人に嫁いだの!?」

「私が死んだものとされたからだよ」

「そう、でしょうけど……ステアとエリーは相思相愛なんだと思ってたから」


 アリステアを愛しながら若くして亡くなったんだと信じてたのに、他の男と結婚して子どもをもうけてと聞くと微妙な気分。しかも自分がその子孫だなんて。


「ちょっと気持ちが追いつかないんだけど……」

「じゃあちょうどいい、食事にしよう。片づかなくてメラニーが困っているよ」


 脱力してしまった私の腕を引っ張って立たせ、アリステアはとても優しく微笑んだ。



 * * *



 魔女ダイアナの逮捕からしばらくして、私とアリステアは旅に出た。

 行き先はラナークフォード。アリステアのふるさとよ。そしてずっと昔にエリーと過ごした地でもある。

 そう、故郷に恋人がいたのは戦争で死ぬ前のこと。彼女を作らない言い訳として、ハリソンさんにはその設定を使ったんですって。


 町に宿をとってから私たちは散歩に出た。度の入っていない眼鏡でちょっとだけ変装し、アリステアと連れ立って歩く。


「……眼鏡、気に入ったのかい?」

「だって男爵領オークレイとも近いんだもの。エリザベス以前の私を知ってる人がいるかもしれないでしょ」


 アリステアは身バレしない。彼がここに住んでいたのは七十七年も前だから。


「親族はまだ暮らしているが」

「交流は?」

「ないな。親兄弟には名乗り出なかった。生き返りましたと帰宅するのは、さすがに気が引けて」


 ラナークフォードは遠浅の湖の岸辺に広がる美しい町だった。この湖畔をエリーと歩いたこともある、とアリステアは目を細める。


「さすがにここに来るとエリーを思い出すね」

「いいのよ。ひいおばあちゃんのこと聞かせてちょうだい」


 エリーは富裕な商人の娘だった。騎士に仕える家に生まれたアリステアと恋をして、結婚を約束した。だけど婚約者は戦場から帰ってこなかったのね。


「死人である私のことが故郷でどんな扱いになっているのか。調べるために恐る恐る戻ってみたらエリーはクロウニー男爵家の後妻としてオークレイに行った後で」

「なんかごめんなさい」

「仕方ない。エリーに拒むことなどできなかったろうし」


 うん。私だって言われるままに嫁ぐはずだった。途中で殺されるなんてことがなければ、おとなしくウィンリー子爵夫人になっていた。

 誰だって同じだわ。そこで生きながら居場所を作っていくしかないから。

 ひいおばあちゃんは男爵家でそうして頑張って、覚悟を決めて産んだ息子が私の父方の祖父なのね。


 時を止めたアリステアは、オークレイに暮らすようになったエリーとその子、孫までを見守ってきた。

 だけどエリー本人が亡くなり、さすがに足が遠のいていたそう。ずいぶん経ってフラリと訪れ、エリーの面影の濃い私に驚いたらしい。

 だけどね、その時の私って十五歳だったんですって!


「……それから五年も私を監視してたなんて、本っ当にヘンタイ」

「いや、いい時期に気がついたものだ。でなきゃきみはもっと早くに嫁に出されていただろうし」

「……どういうこと?」

「きみのお相手候補たちを潰すのはなかなか骨折りだった――」

「嘘でしょ!?」


 何してるのよ、この人! 私が嫁ぐ邪魔をしてたってこと? それで私の婚期は遅れまくってたの?


「話が進む前に相手方の事業を傾かせたり、別の好条件の話を向こうにチラつかせたり」

「ひど、ひどくない……?」


 私それなりに落ち込んだりしてたんですけど。そんなに魅力がないのかな、て。


「その甲斐あって最終的にきみを手に入れた私は努力家だよね」

「陰険な陰謀家ってだけです」


 ブスッとつぶやくとアリステアは楽しげに笑った。まったく反省してないわね。

 

「はかりごとを巡らす男は嫌いかい?」

「――別に」


 私はツーンとしながらも、そう答えた。

 それがアリステアなんだもの、仕方ないわよ。私が好きになったのはそういうアリステア。我ながら趣味が悪いけど。


 長年こじらせた想いを曾孫わたしの代で実らせた我が夫。嬉しそうに私を背中からフワリと抱いてくれて、一緒に湖をながめた。

 夏の陽射しにきらめく湖面と渡る風。きっとこの景色はエリーとも見たのだと思う。

 だけど今、アリステアの腕の中にいるのは私なんだわ。だから私との記憶も心にしまってね。エリーの思い出と並べてでいいから。

 だって、エリーがたくましくしなやかに生きたからこそ、私はいるの。

 ありがとう、ひいおばあちゃん。私に命をつないでくれて。私がアリステアに出会えたのは奇跡のような偶然と必然の末のこと。


「ねえステア――私たち、どこまで行くのかな」

「さあね。この身がいつ朽ちるのか、私にもわからない」

「けっきょく死霊術ネクロマンシーの真髄もわからずじまいだものね」

「かまわないよ。エルシーと過ごしていけるなら」


 うん、と私はアリステアにもたれかかった。最初から何故か心地よかったこの人の腕の中。きっとそういう風にできているのよ。二人でいられるならそれでいい。


 果てない時を、ともに並んで歩きましょう。だって私たちは死なない屍人しびと

 その旅がどんなものであろうとも行くしかないの。

 果てない命が果てるまで。


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