第35話 死んだはずの嫁


「殺されたのに……死霊術ネクロマンシーだと……そんな馬鹿な。本当は生きていたとか、そういうんじゃないのか」


 私とアリステアを見比べながら混乱しているウィンリー子爵。

 この人にしてみれば私が殺されたのはまったくのアクシデントで、あずかり知らぬことだもの。それが何故か生き返ってました、と言われても信じられないわよね。

 だけど事実、殺されたのよ。あなたのせいでね。

 私の中が氷のように冷えていくのがわかった――この人にも、死んでもらいたいと思ってしまう。


「――それは、あんまりな言いようです。お義父さまへの恨みで私は狙われたのに」

「わ、私だと!?」

「それはそうでしょう? 私はただの男爵家の娘です。殺される理由もありません」

「ダイアナに奉仕するために、ずいぶんと無理をしましたね? その犠牲者の身近にいた者が、復讐のために子爵家をつけ狙うようになるのは当然だ」


 笑って言ったアリステアに、子爵は食ってかかった。


「ろくな身寄りもない人間ばかりを使ったんだ! そんなはずは」

「ほほう。ダイアナに捧げた人間がいることは認めると」

「ぐ……っ!」


 この男、馬鹿だわ。いくら動揺していてるからって、こうもあっさり白状するとは。そんなだから魔女にいいようにされるだけなのよ。


「最近、お邸に嫌がらせがあると聞きましてよ? それもお義父さまとは無関係だと?」

「エリザベスがあなたの所業により殺されたのは事実です。息子の結婚までつぶされたのに、いまだダイアナの秘術の核心に迫ることは許されない。不公平ですね」

「う、あ……」

「あなたが求めるのは、永遠だ。違うかな」


 アリステアに畳みかけられ次第に青ざめていくウィンリー子爵。やはり小物なのよ、この人は。私の舅にならなくてよかった。

 私は思わず笑ってしまって、子爵からジロリとにらまれる。それにわざとせせら笑いで返した。


「あらごめんなさい。おかしくて、つい」

「なん、なんだと、嫁の分際で」

「まあ私を嫁だと認めて下さるの? 嬉しいですわ、お義父さま」

「お、おまえなぞ!」

「死なない嫁なんて不気味なもの、迎えるわけにはいきませんか?」


 その普通じゃない会話に割って入れず、オーリッジが料理を持って困っていたらしい。私の後ろを見たアリステアが笑って手招きした。


「まずは食事でも。貸し切りにしてありますから、ゆっくり話しましょうか」

「何をのんきな――」

「あなたが望むなら、時間はいくらでも手に入りますよ?」


 突き放す言い方でアリステアはナイフとフォークに手を伸ばした。私にチラリと目をくれるのに、打ち合わせた言葉を返す。


「私はいらないわ。食べる必要もないもの」

「すまないね。少し待っていてくれるかい」


 私は下がって隅の席に座った。

 食べなくていいなんて、嘘。お腹はすくのよね。この場では神秘的に見せるためにそういう設定にしてみただけよ。

 そんな私を半信半疑で気にしながら、子爵は料理にも疑う視線を落とす。そうこなくっちゃ、予定通りだわ。アリステアが白々しく勧める。


「どうぞ召し上がって下さい。こんな場所の店ですが、味はいいと評判で――」

「いや、外でめったな物は口にせんのだ」

「ああそうか、あなた自身が誰かに薬を盛ったりしてましたね。それは気になるはずだ」

「貴様、失敬だろう!」


 図星をさされてカッとなる子爵はみっともなかった。私はコロコロと楽しげに笑う。


「心配なら、お毒味しましょうか?」

「きみに毒など効くのかい?」

「さあ? わからないわ」


 それは本当に知らないけど。小首をかしげる私に微笑んだアリステアは思いついた風に言った。


「では、これを作った料理人本人に毒味させましょう。それなら安心できますね?」

「む、ま、まあな」


 ほら流された。ここまでお膳立てされたら後には退けなくなるのに。

 私は立って、奥に声をかける。カトラリーと小皿を持って出ていらっしゃい、と。

 とうとう来た大芝居の瞬間にオーリッジはおどおどと挙動不審だわ。だけどまあ、ギリギリ許容範囲かしら。


「あ、あの、何か」

「ああ大丈夫だよ。こちらは偉い方で、毒味されていない物は口にできないのだそうだ。料理したきみ自身が食べてみせれば信用できるだろう?」

「は、はい」


 遠慮がちな料理人は、子爵の皿から指示された辺りを切り取る。例のウサギ肉の欠片と、ソースもしっかりからめて口に運んだ。

 あの料理、毒はどのぐらいの強さなのかしら。とりあえず一口でバッタリいくようなことはなく、子爵の反応を気にしているみたい。


「う、うむ。別に疑ったわけではなくな、習慣なのだよ」


 ひとまず納得したらしい子爵は大物ぶってうなずいてみせている。オーリッジはペコペコしながら引っ込んだ。

 裏で、慌ててを飲むのかしら。アリステアが渡した小瓶の中身を。

 それを飲んだら本当にさようならね、私を撃ち殺した人。

 恋人が消えてしまって、あなたも追い詰められていたのでしょう。だけどそれは私を殺していい理由にはならないの。あきらめて復讐されてちょうだいな。


 厨房はガタンと音がしたきり。静かになった。

 ――さあ、あとは元凶たるウィンリー子爵だけね。


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